聖夜





聖夜



この浮つき加減が堪らなく嫌いだ。
色気の無いマフラーを首にがっつり巻いて、三成は講堂を出た。
ホワイトクリスマスなんてのは確率の問題で、今年も夜更けから雪らしい。
夜から会うのか、たまたま隣りに座った女は塗って巻いて上げて…
劇的な進化を俺にネタばれしながら、講師の講義はまるでBGMなのだろう。
服の隙間から忍び込んだ北風に身震いしながら、腕時計を見る。
「あぁ…もう7時か…」
早く終わらないものか。
俺は雑煮を喰いながら、年始のお笑い見てる方が性にあってるんだ。
「お、三成!」
法学の兼続がこちらに気付いて近寄ってきた。
そして。
「なんだその、上下スウェットな出で立ちは」
などと、随分なご挨拶。
「普段は私のネクタイとチョッキのセンスに文句をつけるくせに」
「チョッキ言うな、死語しか話せんのかお前は」
そう、普段の俺は、こんな格好しちゃいない。
敢えてなのだ。
それでも…
「あのっ、ごめんね!学科の有志でクリスマスパーティーをす」
「断る」
なんて人が達と喋っているのに割り込んでくる。
カツカツとヒールを響かせながら女が去って行った背に、よっぽど空気を読めと言いたい。
「瞬殺だな」
「格好で悟れと言いたい」
兼続はその一言を聞き、そうだなと笑った。
刹那、兼続のジーンズに突っ込まれていた携帯が振動する。
それと同時に、門の方からド直管のエンジン音が轟きだす。
「…ぁ、慶次か?何だかそなたの愛車の息吹が聞こえ…何、待ってた…!?…何時からだ…!?……馬鹿…」
兼続は薄く笑って、直ぐ行くと付け足して電話を切った。
「と言う訳で、警察に通報されんうちに行かせてもらう、wish you luck!」
「良いお年をとか言えんのか。」
ひらひらと手を振りながら兼続は正門へと歩みを進めた。
三成はもう一度腕時計を確認して、マフラー越しに白い息を吐いた。
家に帰って、即席のラーメンを作って適当に啜った。
テレビをつけると甘ったるい恋愛映画か、未だ間に合うクリスマスの夜に云々。
風呂に入って、髪を乾かしながら好きな洋楽をコンポから流す。
マンションの窓から遠くに見えるイルミネーションが妙に目障りだ。
明日からは冬季休業。
集中講義も取ってない俺には文字通り休み。
幸村のようにアルバイトも入ってないから、どんな風に過ごしてやろうと思いながら歯を磨く。
だんだんと眠気も襲ってきた今日は早く寝れそうな気がする。
洗面台に戻った時であろうか、鍵が開く音がして三成は玄関へ行った。
「エプロン姿でお帰りとか無いんですかね?」
まぁ、片手に歯ブラシ口元には歯磨き粉ではそんな文句も飛び出て可笑しくはない。
「…………過分な妄想が好きだなお前は」
左近は苦笑いながら、只今と言った。
「…猫も杓子もクリスマスと言っているのに、どうしてそんな偏屈なんですか?」
片手には高そうなワインを引っ提げ、手にはケーキと七面鳥。
お前は、北欧の大使館からの回し者かと言いたくなる。
しかも格好がこれまた…上下ブランドのスーツに何故かノーネクタイ。
ホストかお前はホストなのか?
「…偶には俺に流されてみてくださいよ」
「は?」
三成は眉間に皺を寄せまくり、大声で言った。
左近は気にせずリビングに上がって、コンポの曲をホワイトクリスマスにしたり鳥を広げたりワインをあけたり…
見る見るうちに、俺の当たり前が非日常へと姿を変えた。
「…もうクリスマスも終わってしまいます。」
言われて時計を見ると、そろそろ日付が変わる時刻だった。
「少し趣向を変えて後夜祭としませんか?」
三成は少し黙って言った。
「明日、早朝補習が」
「嘘は大概結構です。三成は大学生だろう?」
「今思出したんだが、幸村が今から来ると」
「幸村さんが働いてるところで買ったケーキです、彼は帰ると言っていましたよ。」
「そうだ、兼続が」
「あそこは昨日から三箇日迄、秘境を廻るといっていたのは三成でしょう?」
左近はテーブルに二つのグラスを置いてワインを注ぎながら言った。
「……だってお前、仕事で、海外だって言ってたじゃないか」
「ん…っと、時差があるのを忘れていましてね」
唯静かに、時計が深夜零時指して屋外のクリスマスの装飾が何個か消えた。
左近が近寄ってきて、もう一度只今と笑った。
なんだが妙に突っぱねていた自分が滑稽に思えて、歯ブラシを持ったまま左近に抱きついた。
クリーニングに出さなきゃなぁ…なんて呟く声が上から降ってくる。
「…後夜祭なんて粋だな」
左近は抱き締めながら、でしょう?頭を撫でてきた。
部屋は暖房で暖かかったのに、体が震えるのはきっと。
やけに景色が滲んで、あたりがぼやけるのはきっと。
外で雪が舞い始めたからに違いなかった。