灼爛










 * * * 

身は兼続を求めるばかりに熱に絆されていく。
心は兼続を測りかねて焦躁感に苛まれていく。
慶次は自室の片隅で明りも灯さず酒を飲んだ。
火を熾すのも面倒だった。
「…酔い潰れちまうのも…悪か…ない…」
盃を傾け、口に酒を流し込む。
口の端から、呑み切れなかった酒が零れた。
酒とはこんなにも味気無かったっけか…
慶次は、袖で酒を拭いまた盃に酒を注いだ。
悪酔いも良いかも知れない。
障子越しの月光に手を伸ばしてみた。
太陽のそれとは違い、優しく朧でいて凍付いている。
「…兼続……」
それは、俺が幸せに感じていた頃の兼続にも似ていた。
格子戸は月の光を四方に割り畳に幾つもの枡目模様を描く。
その頼りない月影は、暗い部屋には色濃く映える。
「……」
この情景も兼続と眺めて居れば、冷たさなど感じないのに。
慶次の体は酒のせいで火照っていた。
だが体を暖める度に、気持ちとの温度差は開き心は疼き始める。
「まさに一寸先は…闇ってか…」
慶次は盃に酒を注ぐのも億劫になり、瓶を直接口に付けた。
欠けた月は唯、青白く光る。

 * * * 

満月を拝むのは何回目だろうか。
慶次はもうかなり兼続に触れて無かった。
話はする。だが、恋仲の会話なんかじゃなかった。
しかし、それを言及することさえ慶次は憚っていた。
今以上にぞんざいに扱われない保証なんか何処にも無い。
でも、この寂しさはそうそう堪えられるものでもない。
「らしくない」
本当、俺らしくない。
自室で大の字で寝そべっていた体を起こす。
慶次は腹を括った。
「…不様に終わっても後悔はしたくない…」
恋が終わるのを覚悟して、俺は兼続の自室に向かった。
部屋の前の小姓に暇を与えて、部屋から遠ざける。
総てを仕舞にさせる。
慶次は両手で障子を開けた。
「…兼続」
そこには、仄かな火の光で読書に勤しむ兼続が居た。
ちらっと俺を見たが、また文字に目を戻す。
そして思い付いたかの如く、どうした?と言った。
放ったらかしにしていたことを悪びれた様子も無い。
「失敬」
ずけずけと足を勧め、慶次は兼続の前に立て膝で座った。
ぱたりと書を閉じて兼続は慶次を見詰めた。
「…どうしたのだ?」
理性はその一言で箍が外れた。
慶次は力任せに肩を掴んで兼続を押し倒した。
横の灯火は倒れて、光を手放した。
途端に部屋は真っ暗になったが、障子から零れる月の光で徐々に目が慣れる。
兼続は黙って俺を見上げたまま。
声も上げず抵抗もしなかった。
「…嫌がれよ」
慶次は兼続の是とも非とも言わない態度に煮えきっていた。
兼続はそれでも黙りこくって瞳を閉じた。
その美しい行為に慶次は深く眉を顰めた。
「…嫌だったんだろうが…だったら」
「嫌だと言ったらあの晩は抱かなかったのか」
兼続は曇りのない声で言い放った。
「あぁ」
当り前だろうそんなこと。
俺は兼続の心意気に惚れたんだ。
体が欲しかったからじゃない。
あくまでも、より近くに居たいと望んだ結果だ。
あんたが拒めばそんなことする訳が無い。
「…口ではどうとでも言える…」
兼続は横を向き吐き捨てた。
何で信じない!?と声を荒げて叫びそうになった刹那。
慶次は兼続の首筋に釘付けとなった。
月明りだが、それは確かに吸上げた跡だった。
筋に沿い、散らばる跡は間違いなく人為的なもの。
「…兼…続…」
横顔だが、兼続はまたあの時の笑顔で笑った。
さながら咲く前に踏躙られた花の様に。
深く哀しい微笑みだった。
「…私はそなたが羨ましかった…」
兼続は目を逸したなり口を動かした。
俺は衝撃と動揺で冷静な返事が出来ない。
「私は…この見目故に武士となれたのだ」
兼続は震えていた。
表情を隠すように、切り揃えた前髪が目にかかる。
『…私はな、前髪を落としたことが無いのだ…』
ふと、あの朝の呟きが思い出された。
「私は気に入られたいが一心で勉学に励んだよ」
慶次は口を塞いでやりたかった。
続く総てを根絶やしにしてやりたかった。
「だが私が認められたのは夜伽の時よ!」
喚いたと同時に雫が飛散し音がした。
「もう、喋」
「形がでかくなってようやく元服できるかと思った!」
「兼」
「だが、景勝様は何と言うたと思う」
兼続は涙ながらに慶次を見上げた。
「『髪を落としてはならぬ』とな!」
慶次は夢中で兼続を抱き締めた。
「私は死ぬまで、色小姓のままよっ!」
「兼続!」
身を引裂きそうな激痛が心を蝕む。
兼続は壊れたように小さく笑っている。
「兼続………」
俺はあの笑顔の真の意味を悟った。
あれは、気を許しての笑顔なんかじゃない。
絶望の縁からの兼続の最後の意思表示。
体よく、拒絶を示す為に辿り着いた手段。
「だから私はそなたに惹かれた」
兼続はなおも声を荒げた。
「そなたに武士の生き様を見たからだ!」
兼続は悔しそうに、俺の背中に爪を立てた。
慶次は何も喋れない。
「なのに!そなたは私を…っ」
抱いたのだ。
兼続が嫌がらなかったから。
さっきみたいに、美しく目を伏せたから。
それが、俺を受け入れてくれているからだと。
勘違いしたばっかりに…!
「結局は、私は慰みものなのだ」
あれは、抗えない定めだと諦めた顔であり。
まぎれもなく俺を見限った瞬間だった。
「兼続…」
俺が独り善がりだったばっかりに、あんたの傷を抉っただけ。
誰よりも、大切にしたかっただけなのに。
「…そなたは、違うと思っていたのに…」
兼続は、涙だけを留処なく流した。
月は徒に兼続の涙を光らせる。
慶次は静かに、兼続から体を剥した。
触れていた部分が焼け付いて爛れるような錯覚。
「…安心しな…金輪際あんたにゃ触れない…」
慶次は精一杯優しく笑った。
俺は俺の思いが嘘ではない事を示す為。
生涯兼続に触れない事を誓った。
そしてそれはこの恋慕の終わりでもあった。
その日の月は、透き通るほどに限り無く白かった。