相聞歌





相聞歌



かささぎの渡せる橋に置く霜の
白きを見れば夜ぞ更けにける

冬ではないけれど満天の星空に、流れる天の河。
「…美しいな…」
星が降りそうだ、とは納得のいく表現だと思う。
「だろう?」
慶次は寝転がりながらにかっと笑う。
見晴らしの良い高原の更に丘になっている所。
緩めの急斜面に背を任せ慶次と私は夜空を仰いでいた。
晩夏に支配され、宵の口はもうひんやりと冷たい。
「久しぶりだ。こんな風に…ゆっくりと羽をのばして…星を見るのは…」
織女と牽牛が逢う日ではないけれど、かささぎが文ぐらいなら手引きしてやれば良いのに。
そう思えるの程の夜空だ。
「…たまには良いだろう?」
慶次は欠伸をしながら聞いてきた。
「…あぁ、悪くないよ…そなたと一緒なら尚更…」
ただっぴろい広野に二人だけしか居ないからか、兼続はさらりと歯の浮くような台詞を言ってのけた。
普段の義や愛とは違う。
慶次だけに向けた愛しさを言葉にした。
慶次は寝そべったまま、兼続を眼中に入れそっと兼続の頬に手を添えた。
「…兼続らしからぬ…可愛らしいことを言うねぇ…」
口元をゆるませ満更じゃない顔をして。
慶次はこっちに来な?と手招いた。
いそいそと近寄ると、慶次は逞しい腕を広げる。
「…腕枕か?」
「…それ以外に何がある?…直江殿…」
ぽんぽんと二の腕辺りを叩き、慶次は頭を預けろと促す。
兼続はおざなりながらも周りを見渡し、人が居ないことを確認する。
「…では、言葉に甘えることとしよう…」
兼続は慶次に寄り添い、腕に頭を預けた。
本当に久しぶりの休暇である。
この夏は、やれ旱魃やら台風やらで仕事が山積みだった。
不幸中の幸いにも、台風のおかげで日照りは解消されたがその後の復興作業は骨を折った。
一任されているからこそ、やり甲斐があるのは確かなのだが。
兼続は生真面目な性格故に、公私区別なく尽力した。
だからこのところ全く休みが無かった。
「お疲れさん」
慶次は兼続の頭部に頬を寄せ労いの言葉をかけた。
「…随分と待ち草臥れさせてしまったな…」
兼続は申し訳無さそうに呟く。
慶次は優しい声音で言う。
「…なに、兼続を思いながら待ち惚けってのも悪くない…」
募れば募る程、あんたを大切に思えると。
兼続を愛しているのだと実感出来るからと。
慶次もまた、普段なら恥ずかしる台詞を言った。
「…慶次………」
兼続は胸が一杯になり、咄嗟に瞳を閉じた。
これが幸せなのだろう。
思ってくれる人が居て、側で居ることができて…
「…私が居なくても寂しくないな、それならば…」
兼続は、心中を悟られないようにわざとからかった。
参ったねぇ…と言うだろうか?
兼続は顔を見上げた。
「…寂し過ぎて、恋を煩ってた…」
思わずぱちぱちと目を瞬かせた。
全身が熱くなり直ぐさま頬が朱に染まる。
不意に慶次が私を見た。
「…満足かぃ?」
直ちに顔を戻して、慶次の服の裾を握った。
「…意地の悪い奴め…」
からかったのにからかわれてしまう。
もどかしい。けれど愛しい。
兼続はもっと側に居たいと身を擦り寄せた。
「…私は寂し、かった…」
ふっと笑い声が聞こえたかと思うと、腕枕をしてない手が腰辺りを掴み引き寄せた。
「…無垢が一番手におえない…」
裏腹に慶次は兼続を抱き締めた。
懐かしくて頼れて、少しだけ切ない暖かさ。
「もっと…」
「こうかい?」
一段と強く抱き締め、慶次は兼続の名を何度も呼んだ。
そのたびに、慶次、慶次と返す。
誰が閉口してもかまうものか。
誰もこの幸せを非難する術など無い。
兼続は半ば時が止ると信じていた。
しかし、時は移るものだ。
「…流石に冷えてきたねぇ…」
慶次は冷たさに澄んだ星を見ながら、兼続の肩を擦る。
少しでも寒くない様にとの心遣いだけで兼続は十分だった。
「…城に戻ろうか、慶次」
肩から手を退けるのを忍びないと思いながらも慶次の手を剥した。
暖かさがあっという間に逃げて行く。
「…牽牛に見せつける様で悪い気がする」
慶次はぽつりとそんなことを言った。
「…どういう意味だ?それは…」
空を見上げながら兼続は言葉を紡ぐ。
星がちかちかと煌めいた。
「…睦まじい様を見せつけて堪忍ってことさ」
慶次は勢いよく跳ね起き、まだ寝転がる兼続を姫抱きにした。
「っおい、慶次!」
「気の毒だから、続きは屋内…な?兼続」
耳まで真っ赤にしながら兼続は足掻いたが、慶次に敵う筈も無い。
慶次は坂を登りながら兼続の口を塞いだ。