無色光覚









小姓の持って来たのは、己で作ったであろう歪な握り飯だった。
毒味をする時間さえ惜しいと、そう感じて居た慶次は、気の利いた小姓だと思った。
「…食いな。」
部屋に座らせた兼続の目下に、握り飯を突き出した。
兼続は受け付けない事を反応で示した。
「…昼がまだ残っている…欲しくない」
慶次は直ちに小姓に目配せした。
目を見合わせた小姓の円らな瞳が無言で訴える。
仕事が忙しくて要らないと言った、と。
慶次は更に頭に血が上る。
「そうかい、そんだけ言うなら」
兼続の目の前に乱暴に座った。
「食うまで居続けさせてもらおうか」
兼続は真一文字に口を結んだ。
それから早、半日。
日も暮れ、月が傾いても兼続と慶次は動かなかった。
暖をとることもしない部屋で、二人の息は吐く度に白い。
それでも兼続は拒み続けた。
三成は洞窟で食う物も無く過ごしていたと聞いた。
これぐらい何でも無い。
絶食するうちいつしか兼続は、安穏と食事することに嫌悪を抱いていた。
「片意地を張って何になる」
唐突に、兼続は慶次に問うた。
そなたが私に付き合う義務も責任も何も無い。
馬鹿らしいとは思わないのか。
「……席を外しな。あんた」
慶次はその言葉を訊くと、小姓に部屋を離れろと促した。
足音が消えると共に、慶次は冷えた握り飯にかぶりついた。
目の前で飯を食べて食欲をおこさせるつもりなのか。
兼続はただ、景色を眺める様に慶次を見た。
そして瞳を閉じながら退室を言い付けた。
「…私はもう眠い。慶次も部屋に…」
はた、と目を開いた。
足音とともに両肩を掴まれ、更には慶次の顔が目前にあり、一瞬思考が停止する。
「…っんぅ!?」
刹那、口の中に顆粒状の懐かしい味が広がった。
米を流し込まれた?
兼続は握り拳で慶次の胸を幾度も殴る。
「…んんっ!」
必死に押し戻そうとするのに。
兼続の喉が鳴った。
「…ごほっ、ぅっ…」
慶次は口を離して、また冷や飯を食べる。
兼続は噎せながら逃げようとした。
そんな兼続を慶次が逃がす筈が無い。
嫌がる兼続に飲み込めと無理強いするように口付けた。
「…!?…、っん…」
弱い抵抗しか出来ない兼続に何度も口移しで米を食べさせる慶次。
最後の一口が喉を通った事を確認すると、そっと唇を離した。
「…食えるじゃねぇかよ」
兼続は涙目で口を覆って、慶次の頬を張った。
「…何故、捨て置いてくれぬ!…何故、何故…!」
「…三成は、そんなあんたを喜ばない」
「そなたに私と三成の何が分かる!」
絞り出した声は、凍付いた空気を震わせた。
慶次は叩かれたままだった視線を、何かが吹っ切れたように兼続に向けた。
「俺が嫌なんだよっ!」
兼続の動きが止まった。
慶次から向けられている視線。
その眼差しは冬の月明りに照らされて、酷く鮮明に兼続を捕らえていた。
「…これ以上、弱るあんたを見たくない…」
慶次はそっと、兼続を抱き寄せた。
墨をぶちまけた黒さの部屋に降る月光。
重なった薄い影に、白くぼやける吐息。
兼続は抱き締められていることすら呑込めていない。
ただ、人肌の温もりが、ひたすら身に染みて暖かい。
「…俺には、兼続が要るんだよ…」
置いて逝くなんて言うな。と、慶次は落とすように囁いた。
慶次の腕は震えていた。
兼続はようやく自分の過ちに気付いた。
なんて己は勝手だったのだろう。
骨ばった手が、暖かさを求めるように、慶次に縋りついた。
私が三成を思っていた様に、必要としていたように。
伝わる温もりが、涙腺を緩ませる。
慶次や景勝様もまた、私を…
兼続は泣きながら慶次に抱き付いた。
慶次は強く抱き締め、そして子供を慰める様に頭を撫でながら兼続の背中を叩いた。
「……慶…次…っ」
搾り出したかのような、か弱い声。
「…ん?………」
それに応えるように慶次も微かに返事をした。
「…あり…がとう…」
慶次は頬を兼続の冷たい頬に擦り寄せた。

 * * * 

それから兼続は段々食欲を回復した。
またいつもの熱弁で、義の世を謳う様にもなった。
強いて変わった所をあげるなら。
兼続の傍らにはいつも、慶次が居るようになった所だろうか。