* * *
義に背いているのは痛切していた。
こんな行いは誰からも褒められはしないと。
だが、やめられなかった。
日に日に、忍んで慶次の部屋に行き残り香に抱かれ辛うじて生きていた。
いっそ思いを伝えてしまおうかとも思った。
「…だが、慶次は私に仕えているのだ…」
もっとも、景勝様に仕えているのだが、私が居るから上杉に来たと公言した男だ。
私を気に入らなくなれば出て行くのは必定だった。
たとえ建前だろうが便宜上だろうがなんだろうがだ。
実質上主である私が思いを伝えれば、どんなに誠意を込めても高圧的にしかならない。
兼続は己の身の上が恨めしかった。
また、定刻の時間がやってきて慶次が遊廓への道を辿る。
兼続はそれを見届けてから、慶次の部屋に赴いた。
それは半ば、慶次のそれと似ていて習慣になってしまっていた。
最近は日が暮れるのが早くなっていて、部屋は暗い。
しかし招かざれぬ客が火をともす訳にもいかない。
蒼黒い部屋に足を進め、兼続は部屋の片隅に腰を下ろした。
「…慶次の見ている眺めだ…」
無意味に呟く言葉に、己が一番打ちのめされた。
「…終わりにしよう…」
人は、悲しくなる為に人を求める訳ではない。
これからもこの延長で思い続けても…
「…身は、徒花…」
どうせ実らない。果敢無い恋だったのだ。
あんな幸せな時をくれただけでも感謝しなくては。
兼続は壁伝いに立ち上がり、部屋を出ようとした。
しかし、兼続が壁だと思って押したのが間仕切りだった。
不意な事態に受け身もとれず、そのまま横に倒れてしまった。
「…立つ鳥…後を濁しまくりだな…」
皮肉に笑って身を起こそうとした時。
倒れた場所が理解出来た。
「…褥…」
兼続は積み上げていた布団に突っ込んだのだった。
「…慶次のだろうな…」
兼続は静かに掛け布団に顔を埋めた。
今日で終わりだから。
最後の最後に。後少しだけ羽目を外させてくれ…
兼続の鼻孔を陽の匂いが燻った。
その時。
「………兼…続……」
慶次の声がした気がした。
微睡みに、神様が最後の夢を見させてくれているのだろうか。
憎い心遣い…
「…良い……夢だ……」
後一つ願いが叶うなら、剛毅ながらも優しい慶次の笑顔が見たい。
「…そなたを…好いていた…よ…」
刹那。部屋に明りがともった。
そして伸びた影が、私の顔を覆った。
「…兼続…?」
……夢じゃ…ない?
伸びた影は間違いなく慶次のもの。
聞こえてきた声に至っては、何処をどう考えても慶次のものでしかない。
兼続は起きた事態が信じられなかった。
夢中で瞳を閉じる。
悪い夢であってくれ。
悪い夢で…!
しかし、現実に引摺り戻したのは、武骨な慶次の掌だった。
「…此処、俺の屋敷なんだが…何してる?」
瞳を開けても答えは見付からない。
慶次はしゃがみ、訝しげに兼続を見ていた。
酒を呷っているのは分るが、それは気休めにもならない。
兼続は言い訳どころか言葉すら話せない。
「、おい!」
兼続は突如飛び起きて逃げ出した。
が、決死の行為は空しく慶次の俊敏な動きに羽交締めにされてしまった。
「兼続、逃げるたぁどういう了見だぃ」
頭上から降る低い声に体はがたがたと震える。
どうにかこうにか声を搾り出す。
「…疚し…い…事…など…」
「してないなら、どうして逃げるんだ…」
兼続は己の浅ましさを呪った。
こんなふうに終るのなら。
あんな幸せな時を味わわせてくれなきゃ良かった。
「…そなたを、慕って…おったのだ…」
ぽた。と畳に涙が落ちた。
慶次はその言葉を聞くと腕の力を抜き、兼続を離した。
兼続はその場にへたりこんだ。
「…なんだ…」
慶次は仰天したのだろう。
素頓狂な声を上げた。大層驚いて、びっくりして居る。
筈なのに。
慶次は兼続を後ろから抱き締めた。
「……慶次?」
「…俺は、前々から興味があったんだよ…」
兼続は本当かと振り向きそうになった。
嬉しかった。
想いが通じたのかと思った。
「…兼続ほどの見目なら…試してみる価値はあるしな…」
その言葉に兼続は目を見開いた。
残酷な温もりが現実を引き寄せる。
「…離せ…」
慶次は耳元で囁いた。
「…謙信公が居なくて寂しかったんだろう…」
こんなこと望んだ訳じゃ無い。
「…離せ!離せっ!」
兼続はもがき足掻いたが、簡単に慶次に押し倒された。
「止めろ!違う、止め…離せっ!」
慶次はまるで聞こえないのか、着物の合わせを別けて、帯を緩める。
「嫌だ、違う!こんな…嫌だっ、慶次!お願いだ聞いてくれぇっ!」
「忘れさせてやるから、黙んな」
慶次は酷く優しく笑って、兼続の口に懐紙を詰めた。
* * *
「ぅっ…」
兼続は腹部の鈍痛に目覚めた。
やけに眩しい朝焼けが目に染みる。
乱された袷を引き掴んでうつ伏せる。
段々と出来事が鮮明に思い出され、現実が押し寄せる。
「…無理矢理ってそそるねぇ…謙信公のお気に入りかぃ…」
横で慶次の声が聞こえた。
余りにも惨い仕打ちだと、仏を恨んだ。
兼続は音もなく咽び泣いた。
だってそうだろう。
そなたの今の言葉は。
無理矢理己に言い聞かせているだけなのだから。
自分も男だから分かる。
分かるからこそ、割り切れないのだ。
「…ぅっ、ぅぁ…っ…!」
早く。醒めておくれよ。
悪い夢ならば。
なぁ、朝が来たじゃないか。
終