しずかでやわらかい和のお題20





浸漬の木のさやさや



今になって思えば、捕まえられる自信が有ったのやも知れぬ。
酔狂だな。と、あの時の己を思うとつい笑えた。
どうしてあんなにも恐れを感じなかったのか…
「…左近、牢人とは楽しいものなのか?」
三成は思いついたように呟いた。
その言葉はどういった訳か左近まで行き着く途中に意味を変えてしまったらしい。
「…貴方様の顔は麗しいので、眺め続けるのも良いと思いましてね?」
三成は眉間に皺を寄せ、こちらに目配せもしない左近の黒髪を引っ張った。
「左近、心も通わぬ女子との仮初はそんなに心弾むのか?」
左近はやはり振り返ることをせず、掴まれた髪の生え際の方を掴み、痛みを緩和させていた。
そして肩をすくめて、やれやれと言ったふうに首を傾げる。
いちいち癇に障る男だこいつは。
「とは思いつつも、逃げられないとも思ったのは秘め事の最たる物かも知れませぬ。」
はぐらかそうとしているような、からかいが含まれているような。
三成は髪を握る事をやめて、ぶすくれた顔で左近の顔を覗きこんだ。
その視線の先には肩眉を下げて小さく笑う、男が一人。
「何をなさりたい?」
「総てが欲しい」
間髪いれずに三成は答えた。
途端に破顔した左近は、三成の額にこつんと己の額を宛てた。
「既に俺の総ては、殿の意のままに…」
意外な事を言う。三成は心外に思い、どうだか…と目を逸らせた。
掴んでも掴んでも擦り抜けるような言動をしながら。
俺の傍を何時も漂っているような素振りを見せて。
「お前が分からぬのだよ…」
俺が捕まえたはずなのに、俺を乱すのはお前で。
お前は俺を乱すくせに、俺を捕らえようとはしない。
左近は額を遠ざけて目を伏せた。
「…ならその体、総てで俺を受け止めて頂きましょうか?」
逸らせた瞳を左近に向けると、左近は視線に気付いたのか徐に視線を合せた。
心臓が否応も無しに高鳴る。
差し伸べられた手が頬に触れ、再び近づいた顔は驚くほどに色香を纏って。
耳元に唇が近づいた感触に言葉も出ない。
「…なんてね」
背筋が粟立つ位に甘嗄れた声で、左近は囁き鼻で笑って胡坐をかいていた足を崩した。
立ち上がった左近を、三成は腰が抜けたように見上げた。
続きはいつか…と含み笑った左近は、障子を開けて部屋を後にした。