しずかでやわらかい和のお題20





小夜



月だけが浮き彫りになり、雲も漂わない夜。
着崩した着物から覗く鎖骨や胸、割れた腹筋と若々しい肉体が月明かりに照らされ際立っていた。
その造形は類稀なる美しさに、僅かながらに含まれる哀切さが加わり、香り立つようだった。
「…暴いてしまわれたなら、そなたを留め置く術は最早思いつかぬ…」
冷たい板間の微かな木の香りは、金髪に染み込んだ香が掻き消す。
両手を押さえ、馬乗りになった慶次は言葉を忘れたようにただ私を覗き込んでいた。
息遣いまで聞こえるこんな近距離は、腕を少しでも曲げられたなら口唇が触れそうな間合いは。
人が虎になる前の、最後の理性の賜物のようだった。
「…一度手中に収めれば、俺は見限りそうだと、言いたいのかい?」
慶次の瞳は爛々と輝いて否応もなしに狂気を孕んでいる。
その瞳が逸らされ、刹那に込上げる思いは嫌われたのではないかとの焦り。
「知らぬから、欲しい物もあるではないか…知ってしまえばそこで、」
「終わる。と言いたいのか。」
暫時に切り返された言の葉に、黙って肯定するしか手立てがない。
此処までなって、今更引き返せようかとの雰囲気が痛いほどに伝わるが、これだけは、この思いだけは拭えない。
そなたの腕に抱かれ、朝焼けなど見れようものならどれだけ幸せなのだろうかと。
惚れたと気付いて何遍思っただろうか。
どれだけ早いうちから出合って、そなたを少しでも満たしてやれる若さが無いのかと呪ったことだろうか。
肢体を絡める事だけが懸想の行き着く先ではないと幾度思いを抑えたろうか。
どれ程に、幻滅されずにそなたの心を虜とすることだけを考え続けただろうか。
その瞳が獰猛な物に変わった。
「こんなに傍に居るのに手に入らないなら、いっそ無理にでも抱いて屠ってしまいたいねぇ…」
声音は囁くように低く、両手を握る手は加減も知らないのかきつく握り締めなおした。
吐く息は、泣き出しそうに忙しない。
「……では、殺しておくれよ…」
もういっそ正常な物の考えが出来ないぐらいに壊してくれ。
果てがあるからとか終わりが見えるからとか何も考えられなくなるぐらいにしてくれ。
「いつか終わるこの二人ならば、今この喉笛を噛み切ってくれっ…!」
慶次が強引に唇を重ねる。
それ以上聞きたくないとの意味なのか。もう、言葉など理解できないとの行動、なのか。
髪を揉みくちゃにしながら口を開けば兼続の名前を呼んで、早急に着物の帯を解く。
兼続は余りの勢いに、もう一度接吻してきた慶次の首に無意識に腕を回した。
「何度でも殺してやる、俺が居なきゃ生きていけなくしてやる!」
咆哮が瞬時に体を貫いて、兼続の瞳から涙が零れた。