しずかでやわらかい和のお題20





落花流水



誰の指図も受ける気は無かった。
そう思ったのは本当であったし、情報収集を怠らないのは癖の様なもの。
いつかは埋もれていって、そんな奴も居たななんて忘れ去られるのでも待とうかと。
半ば本気で思っていた。
「また、仕官しろと言うお侍さんですか」
遊女に盃に酒を注がせながら、顔を窺うとまぁもう見知った容貌。
赤毛に赤い目…華奢な身体に鬼を住まわせているような。
手弱女な輪郭に似合わず、瞳は鋭く睫は長く…
下手に出るどころか、驕りともとれる気高さは。
男をあしらうことに慣れている遊女が、空気を凍らせてしまう失態を犯すほど。
「二万石出そう」
二度目で諦めてくれたらよかったものの、三度目である。
かの越後の龍が軍師を迎え入れるために三度出向った、宇佐美殿の話が脳裏を過ぎる。
今まさにその状況、まぁ、宇佐美殿の場合は縦に振らねば磨り潰されていた…
って、俺もこれを頷かなければ、今此処で殺められるかもしれないのは変わらない。
こんな線の細い男に負けるとは思わないが…
ちらと伏せ気味にしていた瞼を上げ姿を見ると、そう言えば脇差が刺さっていない。
左近は思わず、負けたな…と頭を振った。
仮にも豊臣の智将が、裸一貫で三度目の正直でやってきたのだ。
これ以上の誠意の示し方を俺は見たことが無かった。
「…殿と呼ばせてもらいましょう」
花の様な容貌を持った男は、濁流に飛び込み砕ける事も厭わない。
そしてきっと、濁流を己に似合う流れに変えてしまうのだろう。
俺は、花の先導で流れを作るのも悪くないと思った。