しずかでやわらかい和のお題20





樹の心音



気障なことを言うやつならば、あるいはこの梢を囁いているとでも形容するのだろうか。
日和は朗らかこの上なく、日向を歩いても心地よく。
また日影で涼んでも気分が塞ぐでもなく、寧ろ晴れる気がする。
葉の間から垣間見える空は眩しすぎず、手を伸ばせばもしかすると届くやもしれぬ。
瞳を閉じれば樹の心音まで響いてきそうだ。
左近は、まさかね。と思いながら瞳を伏せる。
例えばそんな昔に戻る術があったなら。
聞いてみたいものだ、大地の息吹とやらを。
左近は聞こえるはずも無いのにそれでも耳を凝らした。
知っているさ、神の子では無くなったその日から、人は穢れるのだ。
穢れた人はやがて、神との繋がりを断ちたくないが為に子を成すのかもしれない。
だから俺にはもう聞こえるわけが無いのだ。
それでも、分かっていても瞳を閉じてみたのは。
己が何者か悟る前の。そう、昔に戻れる気がしたからかも知れない。
心成しか胸が躍った。
嗚呼、思えばこんなに心静かになったのは何年ぶりだろう。
「左近」
しかし、予想とは裏腹に聞こえてきたのは、殿の声。
目を開けると目の前の顔は、釣り目が殊更増していた。
「…何でしょう?」
「……それが主に対する口の利き方か?」
違うでしょうなぁ。なんてのは口が裂けても言ってはいけない。
どちらかと言うと気心知れた、夫婦…?
己で冗談めかしてみて、やっぱり無理だったなんて思った。
「御用がお有りで?」
左近は頭を傾げた。
神はやっぱり穢れた者には、己の痕跡さえ感じさせはしないのだ。
三成は手に持った鉄扇で己の肩を何度か叩いて、溜息を落す。
そして己の胸に拳を押し当てて、此処にお前が俺を探しに来た。と言った。
俺は執務で忙しいのに、急に胸に耳を押し付けられる様な感覚が襲ったのだ。
その刹那にお前が浮かんだのだ。と。
左近は目を見開く。
眉を顰めた三成は気に食わないと言わんばかりの顔で呟く。
「……何かに焦がれたお前に、呼ばれた気がしたのだよ」