しずかでやわらかい和のお題20





樹の心音



大樹に寄り掛かりほんの少し休もうと息をついたら、気が付けば西日も沈み烏が啼いていた。
手折った大量の蕨が心成しか草臥れていて、家に飛んで帰ったのを思い出した。
何処に行って居たんだ!ど怒鳴られるかと思い家の前で立ち往生してしまって。
抱えた蕨と背負った蕨は早くどうにかしないといけないと思う心に板挟みにされて。
泣き出しそうになった刹那。
「与六っ!」
外に誰か居るのかと母上が窺った瞬間。
草履を履くのも忘れて母上が駆け寄り、私を抱き締めた。
「神隠しに遇ったのかと思うたっ…!」
足元にばらばらと落ちた蕨など目に入らぬのか、私に頬擦り良かったと何度も言う母上。
「母上ぇ…」
この時ほど、己の浅ましさを恨んだ夜は無かった。な。
兼続はふと目が覚めて、隣で寝ている慶次に目配せした。
猛禽の様な瞳は瞼に隠されて、今は金の鬣だけが衾に波打っていた。
懐かしき夢を見るものだと、母の温もりを感じた両手を眺めた。
あの温もりをもう二度と感じる術は無い。
絶対的に裏切らないと、言うはずも無いのに。
それを感じさせたあの揺ぎ無い温かさは。
「…………」
兼続は急に空いた心の隙間を塞ごうと、胸に手を当てた。
忘れろとは念じない、せめてこの込上げる切なさを治めるように努める。
「どうした」
声が聞こえ、閉じた瞳を開こうとした時には既に右手を握られていた。
「起こしたか?」
「どうした?と、聞いているんだよ」
兼続は慶次の手を握り返して、なんでもないさと呟く。
「なら、寝な。明日は未だ来てない。」
握り返した指を解かれ、無意識に塞いでくれた隙間がまた空いた気がした。
だが、もう少しだけなんて言葉が口から出てくる筈も無く。
目だけで顔を見たら、慶次は私を随分と前から見ていたのか、視線が絡んだ。
慶次の腕が私の首裏に回されたと思えば、もう次には胸に誘われていた。
「慶次…」
胸に押し当てられた耳から、心の臓が静かに鼓動を刻んでいるのが伝わる。
それは何よりも、優しい安らぎを教えてくれた気がした。
「おやすみ…」
頭上から降る声音は、涙が出そうな位に胸に沁みた。
私は、再びあの温もりを手に入れたのだと、このとき初めて悟った。