しずかでやわらかい和のお題20





兄人



戦の無い太平が厭きたと言うわけではない。
されども、何故だか常世に続く春に浮かれているような気がする。
俺の時代は終わったんだと誰に言われるでもなく、身が感じているのだ。
いや…良いじゃないか。
朱色の夏や玄冬が在ったからこそ余生がこんなに緩やかなのだ。
隠居の身を楽しまないでどうとする。
「おぉ、慶次殿ではないか、ご機嫌麗しゅう」
それにいつまでも脳を厭きさせない、あんたもこの世に居る。
「…幸村の口真似かい?」
あんまり似てないよ?なんて言うとあんたは違うと笑った。
「いつも、待っていたぞ!では味気ない。そうではありませんか?」
兼続は時折、静かに笑ってみせる。
緩急がこんなにはっきりとしていて面白い男、そうはいない。
「…俺はいつでも恋焦がれて死にそうに俺を求」
「貴殿はいつまで経っても発情期だな」
「おや…随分と今日は他人行儀であらせられる」
兼続は軽く苦笑いして、書きかけの書状を一枚俺に翳した。
「俺宛では無いだろうに、拝見しても宜しいので?」
「そなた宛ではないから見せるのだ」
どれどれと、流し読む。
慶次はふっと笑って、それからむずがゆそうに手紙を付き返した。
「…兼続、こりゃぁ少々俺を買被りすぎだぜ」
「今の色に塗れた発言で書き直さねばと思ったよ」
そういいながら兼続はまた書き出す。
「なに…、この続きに勘違いであった、反面教師であったと続けるさ」
可愛くないと、慶次は前髪を触ってやる。
生理的に伏せた目を兼続は開き、口元をあげた。
「…あと奔放な兄人が出来てとても嬉しいとでも付け足しておこう」