雪月花





***柘榴***



生々しくて、麗しくて、済んでいて、人の味が、して。
「あぁあ、あんたって本当加減を知らないねぇ」
慶次は私を見てそんなことを言い、手助けをしようとしない。
…まぁ縁側でしなかった私が悪いといえば悪いのだろうが。
「…早く口に運びたかったのだ、悪いか」
悪いとは言っちゃあ居ないよ。
呆れた様に笑いながら慶次は手を伸ばして、服の上の紅を掴んだ。
「ぁ、こら」
忠言とは耳に逆らう物であるから。
慶次は簡単に跳ね返して、其れを其の侭口に運んだ。
「…ん、脳天の味。」
…まぁ実際脳味噌を食べた事は無いので、そのような味かどうかは別にして。
この男、私が身動きが出来ないのを良い事に。
初物を掻っ攫って先に食べるとは何事。
「…いつまで固まってる気だい?」
「固まりたくて固まっている訳ではない」
私だって、早く味わいたいのだその味を。
だが両手で捻って割ってしまったばっかりに。
畳から着物からに柘榴の粒が大量に飛び散り、つい呆然としてしまったのだ。
「ほら、持ってやるから貸してみな」
慶次に身の付いた皮を渡して、兼続は己の服の襟の仲や着物の皺にまで入った粒を取り出す。
光の加減で輝く様は、水晶のように美しい。
あらかた回収出来た所で、兼続は立ち上がり着物を叩く。
するところころと何粒か落ちた。
「はっ」
その姿が幼稚だったのだろうか、慶次が満面の笑みで私を見ている。
「…言いたいことがあるな」
「早く食べなよ、美味かったぜ?」
言及しようとすればはぐらかす、が、まぁいい。
兼続は柘榴の粒を三粒ほど口に含んだ。
癖になりそうな仄かな甘さが口に広がるが、直ぐに種だけになってしまい大層物足りない。
更に何粒か口に含んだ、あぁ、美味し…
「…そんなに餓鬼が欲しいのかい?」
思わず種を飲み込んでしまった。
「なななな、何を突拍子も無くっ、種を飲んでしまったで」
「…孕ませてやれたら一番良いんだろうけどねぇ…」
弱ったねぇなんて言いながら、私の腕を掴んで笑む慶次。
掌の柘榴の実がぱらぱらと床に降る。
「赤い実ってなぁ、そそってしょうがねぇ…」
慶次は石榴と違わぬ紅く厚い唇を啄ばんだ。
押し倒されて押し潰された実が、甘酸っぱく後ろめたい香りを漂わせた。

誘い惑わし誑かし誰を待ち侘び割れるのか。
紅く熟した甘い実は。

大河記念第十弾。