雪月花





***夜半の嵐***



何時寝首を掛かれるかさえ知れぬわが身だと、知っているからこそ。
俺の目の前で睡魔に負けちまって夢路を彷徨ってるあんたの心がよく分かる。
見た目通り、そうさな。
短い時間に眼が醒めたらなきっと。
「寝てはおらん、気のせいだ、そなたの」
なんて言い訳の一つでも飛んで来そうなほど。
あんたは器用に正座して筆を持ったまま寝ちまってる。
「…風邪、引くぜぇ?」
慶次は胡坐をかいて本を読んでいる動作を其の侭に、兼続に言う。
「…毒盛られたら、どうすんだい…」
兼続は微動だにせず座った形を保ち続けている。
肩を揺すって起こしてやれば一番いいのかも知れない。
だが、ここ連日の激務を見れば体には一番悪いだろう。
しかしながら。
隣の部屋に敷いてある布団にまで連れてくってのも、憚られるのだ。
「……俺もまだまだ、青いねぇ…」
兼続の匂いが鼻腔を擽ると、下手すりゃ唇まで奪いかねない。
そう思うのだ。
気を許してくれたからと漬け込んでしまいそうなんだ。
今迄こんな事、一度としてなかったから。
慶次は己の肩に掛けてあった羽織を兼続の肩に掛けてやり、部屋の蝋燭を消した。
途端暗転する視野に飛び込む光景が言葉を奪った。
薄黒い障子に、庭の池の波が白く映し出されていた。
其れが唯静かに、波打つのだ。
慶次は急いで障子を引いた。

明けるなら早く明けてくれ。
今しかないなどと思ってしまわぬ前に。

大河記念第八弾。