雪月花





***清流に泳ぐ魚***



寝ても醒めてもそなたの事ばかり。
京ほど雅でないこの米沢に飽きはしないか。
食い物はそなたの口に合っておるのか。
毎年の豪雪は異郷育ちの身に堪えて居ないか。
私は、つまらない人間ではないか。
仕事をしていてもふとそんなことが脳裏を過ぎるだけで。
私はそなたで…
一杯になってしまうのだよ。
「…兼続?」
兼続は突然に話し掛けられ身体を跳ねさせた。
「…そんな熱い視線を送られちゃ、居た堪れないんだが…」
熱い視線等と囃され、兼続はたじろぎながら目を逸らす。
「…言いたい事有るんなら…言ってくれたら有難いんだがねぇ。」
声音は優しいが、からかいも含まれているのは歴然だった。
兼続は逸らせた視線を下向にした。
畳の上には、慶次の長い着物の裾が広がっている。
「…皆目見当も付かないから、是非にでも訊きたい…」
兼続はそう聞くなり、畳に投げ出された着物の裾を引っ張った。
「…言うと重いから…」
言わないでおきたい。
見限らないで欲しいなんて。
置き去りにしないでなんて。
私は未練がましく言い寄りたく、ない。
「…だから言わぬ。」
と兼続は優しく笑った。
慶次は困った様に頬を掻いて、確認も取らずに兼続の肩を抱き寄せた。
「捨てないでって、目が言ってるのは隠せないさ」
「ぇ」
「真っ直ぐ過ぎるのも難儀だねぇ」
兼続は見抜かれた己の気持ちを否定するだけの冷静さを欠いていた。
それぐらい、慶次は兼続をきつく抱き締めていた。
「心配すんな、あんたの清流に住めるのは俺だけだよ」
兼続は咄嗟に意味が分からなくて、慶次の顔を見上げた。
「俺も一旦清水に慣れちゃあ、濁水じゃあ暮らせない」
慶次は兼続の額に、己の頬を宛てた。
兼続はただ静かに瞳を閉じて、慶次だけを感じた。
じわりと涙が睫毛を濡らす。
慶次は見えない筈なのに、宥める様に兼続の背中を擦った。

一度貴方に染まったら。
二度と元には戻れない。

せめてもの大河記念であります。