雪月花





***小夜嵐***



星屑さえ散らばらない夜の帳にも色がある。
風が鳴けば流れる薄黒い雲。
兼続は湯船で火照った体を冷やそうと闇夜に繰り出した。
とは言っても庭先の離れ。
歩いているから、髪が棚引く…とは少々強引。
頬に緩々と当たる涼しい風は私の髪を弄び水気を奪い去る。
湯帷子の兼続は髪が速く乾く、これはいい。と風向きに従った。
首筋を擦り抜ける風が、心地好い。
「…そなたのようだな…」
付かず離れずの程よさ。
そなたの粋な後姿が浮かんで、何気なく振り向いた。
人好きのする笑顔が、何時も私を虜とする。
兼続は何時の間にか閉じていた目を開いた。
だが、誰からも疎まれる事の知らなそうな。
洒落なそなた。
何時か突然跡形もなく雲隠れしそうだ。
たった今、横を過ぎて行方も知らない。
この風の如く。
思い出だけを残して。
夜風は不意に意識しない考えを運んできて兼続は胸に拳を宛てて俯いた。
乾き切らない髪がぱらりと肩を滑った。
「…目を離せば、物思いに耽る…」
耳元で唐突に囁かれる。
悩ましい仕草をしないでくれよ。
と続いた言葉は、間違いようもなく慶次の声音。
「湯冷めする気かい、風邪引いちまうぜ?」
些か責めるように眉を近づけ顔を覗きこむ慶次は、背後から兼続を抱き締めた。
どうしてこんなに間合いが良いのだろうと、面妖に感じるほど。
慶次は拍子良く現れて、有無を言わさず私を包む。
「髪も冷てぇし…」
兼続は物憂げな顔で慶次を見詰めた。
「…心配か…?」
「そりゃ、無論だろうがよ。」
見詰め返した目が、当然だと物語る。
仕合わせ者だな…と兼続は精悍な横顔に頬を寄せた。
こうしてそなたは、また私を絆すのだ。
風が冷ややかに慎ましく吹き流れる。

何が足りぬわけでもない。
そなたが居れば、それでいい。

大河記念第六弾。