雪月花





***曼珠沙華***



「此処はいいねぇ、血腥ぐささが無い…」
遠乗りの帰りだった。
慶次は稲の揺れる畦道を眺めながら呟く。
訳を訊きたいと頭を傾げてみると、慶次は言った。
「…地獄花が咲かないから」
「……彼岸花…?」
兼続は眉を顰めて文献を必死に思い出す。
確か誰ぞが歌に詠んでいた…ぐらいの認識である。
「…そういえば、米沢では咲かぬな」
気に留めていなければ、梅や桜のように目に留めようとも思わぬ花だ。
やはり慶次の着眼点と言うのは面白い。
「あれは彼岸を髣髴とさせてねぇ…」
慶次は手綱から手を離し、馬上に寝転げる。
「群れて咲いてるのなんて、ぞっとする…」
兼続は脳内で朧気に彼岸花を思い浮かべながら、何故?と訊いた。
「…行き倒れたんだろうねぇ、童が一人田の畔で事切れてたのさ。」
秋の涼風が頬を撫でる。
慶次の片手が夕焼けが眩しいと云わんばかりに目に翳されている。
「其れを隠すみたく…あるいは…血を啜ったのかも知れない…」
思い出せぬ程その花を見た回数は少ないのに。
「酷く生々しい血の匂いがする花が、首を擡げてたのさ」
その光景が脳裏を過ぎり、言葉を奪った。
慶次もきっと、息を呑んだに違いなかった。
「曼珠沙華なんてよく言うと、俺は思うねぇ」
松風の上でそういいながらまた起き上がった慶次は鐙に足を掛ける。
その横顔が、どうしようもなく遣る瀬無さげで。
「ありゃきっと黄泉帰った奴らの代わりに誰かを差し出せって言いたいんじゃ…」
私の視線に気付いたのか、慶次は顔を向ける。
そしていつもの豪快な笑顔で私を捉える。
「だから穢土じゃあ、血潮を吸ってでしか生きられないんだぜ、きっとな。」
兼続は静かに腹を蹴り半馬身前に出た。
「ならば、何故、この地に天上の花は咲かぬのだ…?」
この土地は四方が山、しかも豪雪に毎年見舞われる。
冬を越せぬ者たちも少なくないのだ。
浄土より持ち帰られたなら、此処で咲いても可笑しくはないだろう。
「…六花は、六花は白くて柔らかな花だからじゃねぇか…な。」
「…どのようにしても、神仏は生ける命を美しく喰らいたいと見える。」
慶次は笑い、いけないねぇ、と嗜める。
「滅多な事口に出しちゃあ…命がいくつあっても足りないぜ?」
そうして、松風を半馬身追いつかせ、横並んで慶次は城下はもう直ぐだねと話題を変えた。
兼続はその顔を見てふと、相思華…と文献で読んだ彼岸花の異名を思い出した。

追い駆けても追い付けぬ。
それより付いたこの徒名。

大河記念第九弾。