雪月花





***金木犀***



此処最近、珍しい花の話を聞いた。
なんでも咽るほどの芳香を放つ丹桂という花があるそうだ。
その苗木がなんでか知らないが俺の所に売られに来たのは。
因縁じみても居る様に思われた。
「…目で確かめなくても咲いたと分ると言われたのか?」
兼続は苗木を慶次から手渡され頭を傾げた。
「そうなんだよ、それで珍しいもの好きな俺が一番に頭に浮かんだんだとよ」
そんなことまで言われて遥々何里歩いたのかとか思うと買ってやらないわけにもいくまい。
「…金色で芳しい花をつけるのか、これは…」
兼続は苗木をまじまじ見詰めながら呟く。
「それのどこが俺に似」
「たしかに、言い得て妙!」
言葉を遮られるのは日常茶飯なので最早どうこう言う方が野暮だ。
だが。
そのものに直接目に掛かり、褒美の一つでも与えたいと兼続は目を輝かせる。
「的を射過ぎていて、悋気をおこしそうな程にな!」
慶次は信じられないと兼続を見た。
「そなた己がどれだけ良い匂いを纏って居るのか知らんだろう?」
苗木を地面に置き手を叩いて土を払いながら兼続は続けた。
「そなたが寄越す文は、まるで夕顔の扇の如くなのだぞ」
慣れとは怖いもので。
常時香炉の火を落さない慶次はその香の匂いにすっかり麻痺してしまっていて。
その匂いにだけ鈍感になってしまっていた。
このところ香木の質でも悪くなったのかと最近は常より倍で焚き染めていた。
「そなたは庭先でも廊下から来るときでも近寄れば香りで分る」
兼続は顔を見上げた。
成程。
悪い匂いがするなら直ぐにでも言及されそうだが。
逆に良い匂いならまぁこのくらいと誰も俺にいわなかったって訳だ。
「…ならさぁ、似た者同士が同居したら喧嘩しちまうから…」
未だ咲いてない丹桂とかいう苗木を顎で指して。
「あんたに貰って欲しいんだがね」
と笑ってみせた。
すると兼続は、毎日見られているようで気が抜けないなと白い歯を覗かせて笑った。

偶には良いかと思ったよ。
あんたにだけなら花に喩えて貰うのも。

大河記念第十一弾。