雪月花





***火毒***



それはあるいは天災のように、予期せぬ事態だった。
気が付けば、炎に行く手を奪われている。
慰める様に掻き抱く慶次の腕。
私は、厚い胸板に頬を添わせられた。
仄明かりに涙の後が光っていたのを見られたのかもしれない。
捌け口にすりゃいい、と耳元で囁き些か水気の引いた私の髪を撫でた。
弱味なぞ誰にも見せたくは無い。
しかし裏腹に、人肌の温かさと波打つ鼓動に。
泣いても許されてしまうのではないかとの衝動に駆られてしまう。
「離せ、慶次」
私は脆弱な様を、友であるそなたには見せたくないのだ…
脆く崩れた自分がそなたにはどう映るのか。
考えただけでもこんなに醜く悍ましい。
「離せないねぇ…あんた壊れちまうだろう?」
優しいけれど、暖かいけれど…
それが縋る事を是とする理由にはなるまい。
「…いっそ、廃人になれたな」
刹那に吸われた唇。
髪を結わえていた紐を引き解かれる。
「っつ、ぅ…」
張り付く身を剥がそうと身を捩ろうとも。
慶次には善がる様にも捉えられるのか。
抱すくめる力が強くなる。
「…っ兼続…」
精悍な顔が遠ざかり、余韻を弄るかの如くそなたの指は私の口唇に触れた。
唐突な行為の驚きと、息苦しい胸の詰まりに慄く体。
「…どうして…っ」
何もかもが整理し切れない現状に答えを出したのは。
震えた声と、涙だった。
「…あんたが俺の生きる理由だからさ」
勝手だがね。と今度は逃げられるように優しく抱き締めてきた。
それなのに、さっきより強い想いが流れ込んでくる。
烈火が言の葉に混じり、耳から熱を伝える。
「…何時までも待ってる…兼続が好いてくれるまで」
「しょ、正気の沙汰ではあるまい…!軽々しく好いた惚れたなどと…!」
兼続は思わず思い切り胸を突き離す。
慶次は咄嗟に兼続の両手首を掴んだ。
反射的に、しかし顔は真顔で。
兼続はびくりと体を跳ねさせた。
思考が回らない。
「……小指でも進呈奉ろうか?」
「はっ…離せっ!」
私は腕を振り解き逃げた。
火傷をしたかのような唇を押さえながら、闇雲に逃げ慶次から距離をとった。
今度あの燃やし尽くす様な瞳に見詰められてしまったら…
脳裏が焼き尽くされて、私が壊れる。
何もかも分からなくなるほど、あの瞳は私を焼き切ってしまう。
慶次は、立ち尽くし、引き解いた髪紐にそっと口付けた。

殺した思いは潰れて膿んで毒となりては身を侵し。
殺せぬ思いは燻り熾り焔となりては身を食める。

大河記念第五弾。