雪月花





***花冷え***



どうせ散り行く定めなら、せめて刹那を静かに生きさせてくれれば良いものを。
透き通った可染が夜の帳に浮いていた。
桜が咲き誇る様を紅雲と称すが、今晩の桜は正しくそれだった。
月影が妖しく寒緋桜の俯いた花の縁を照らしている。
「ほぉ、霊妙な…」
騎乗している兼続は、一言だけ言葉を漏らしてその光景に酔いしれた。
慶次は意識せず手綱を引き馬を進ませる兼続を見た。
花は咲いた、時期が来たから。
だがどこか仮初に無理強いに咲かせた気がしてならないのは。
己の後ろめたさからの妄想か。
「…宛ら、一条の絵だねぇ…」
肌さえ知っているのに、それでも遠くに感じる。
何かに隔てられて、あんたが掴めないと今でも感じる。
真、絵の中の住人になったような兼続がこちらに振り返り名を呼んだ。
「…慶次、間際で見ぬか?」
偶に落ち着きかえって、低く囁く声と薄い微笑が俺の胸を爪弾く。
この気持ちに偽りなど無かった。
強いて言えば、時節が悪過ぎたかのように思う。
片割れを失い毎朝の天道様まで眩し過ぎて目が眩んだ兼続。
その憔悴しきった様は、目も宛てれぬ程だった。
俺が出来る事は、表向きだけでも気丈に振舞うあんたを守る事だけだった。
雨や風、日輪から。
「…待ちなよ…」
それを神はあるいは哀れんだのだろうか。
俺の心をあるいは弄んだのか。
やがて見も知らぬうちに育った、二人の間に沈透いた蕾が綻んだ。
ただ。
陽に向う事が無きよう頭を垂れて地に笑いかけるように…
「…心持…寒いな…」
松風で近づくと、兼続は俺を見上げて首を傾げた。
「…気のせいさ…」
はらはらと舞う花弁は、寒さからか霑り涙のようだった。

どうして手に入れさせるのか。
いつか気紛れで枯らして仕舞いにするくせに。

大河記念第七弾。