雪囲
庵を隠すように降る雪。
慣れるとは言うまい、その白さには毎年悩まされている。
同じぐらいに魅せられても居るが。
毎日の雪掻きも今日は粗方仕舞い、釜屋の釜に近付き暖を取った。
「前田様」
聞き慣れた声に格子から外を覗くと、そこには兼続の小姓。
「入んな?」
笠と蓑だけを取り払い、小姓は釜屋に入った。
そして跪き袷から文を取り出し差し上げた。
「ご苦労さん」
白く意志の強そうな顔を伏せ畏まる仕草に、慶次は毎度苦笑する。
小間使いを呼び、慶次は小姓を持て成せと言付け自分は釜屋から出た。
雪に鎖されたこの国は、楽しみと言うものが特に少ない。
殊更冬は、家を潰されぬよう雪を掻くか、草履を編むか…
故に、偶に届く懸想文は何よりの楽しみ。
母屋の庵の框を上がり、悴む手で書簡を広げる。
何時もの、人より切れ者らしい鋭さの混じる筆致。
所々墨が溜まったようになっているのは、墨を磨る時に水が凍ったのかもしれない。
心配はしてないが、風邪など引いていないか?と書いてある。
慶次は、引くように見えるかい?と笑いながら、折っている書状を更に広げたときだった。
書き損じで切ったのか、余って切ったのかは定かではないが。
紙の切れ端が、胡坐をかいていた脛に当たった。
慶次はその紙を拾い上げた。
その時外から、何時もの小姓の声がする。
「前田様、御返事を必ず頂けと言われて参りましたので、御返りを…」
いつもなら、今書いてる、とか、今日は泊っていけとか言葉が帰ってくるのに。
聞こえるのは、何やら慌しい足音だけ。
「前田様…?」
途端、戸が開き、そこには笠に蓑といった、完璧な外出姿の慶次が立っていた。
小姓はその顔に似合わず、瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「…参ろうか?」
有無を言わせず、慶次は直江邸を目指し、小姓のつけてきた足跡を辿るように歩き始める。
小姓は慌てて、雪を撥ねた道にまた積もった雪を踏み分けて追いかける。
途中から降りだした雪が、笠や蓑に積もって、吐く息は凍って落ちそうだ。
歩幅の大きい慶次に必死に付いて帰ってきた小姓は、すっかり息も上がっている。
二刻は掛からなかったであろうが、夢中で歩いて屋敷に着けばすっかり宵であった。
慶次はそのまま庭に回って、声を張った。
「兼続!」
するとすぐ、閉められている障子が歯切れよく開く音がした。
続いて雨戸が重い音を立てながら、横に滑る。
「………慶次…」
久しく拝めなかった愛しい顔が、白い息に隠されながら眉を下げる。
「別嬪を思うと、我慢できなくなってよぉ…」
雪の積もった笠を外して、軒下まで行き、胸の袷から紙の切れ端を取り出す。
寒さで震える手で、兼続に差し出しながら笑う。
「手紙では大人しいかと思っていたのに…やっぱり繕ってたんだねぇ…」
その切れ端には、草書で慶次の名前が三度書いてあった。
ただそれだけ。
「……燃やしたと、思っていたんだが……」
ばつが悪いのか、兼続は眉間を寄せてその切れ端を取ろうと手を伸ばす。
刹那、氷より冷たい慶次の手に触れた。
見上げていた玉顔から涙が落ちたのは、その直後だった。
「…泣かせた俺は、悪物だねぇ…」
両手で慶次の片手を包み、申し訳なさそうに己の額に押し付け、済まない…と何度も言う兼続。
吐く息が、分けている黒髪に付着し、段々と冷たく光り出す。
「…そなたのためだけに出歩けぬこの身が憎い…っ!」
慶次は、馬鹿だねぇ…と、もう片方の手の笠を捨てて、頭に手を回し引き寄せ頬擦りした。
足跡を消すように細々と降っていた粉雪が。
何時の間にかこの地では珍しい、牡丹雪に姿を変える。
終