繽紛





養花天



霙交じりの雨が頬を掠めた。
雪ではない、唯それだけ。
否、だからこそ、無性に心が揺れたのだと思う。
「…やはりな、そなたはある意味分りやすい。」
勝手知ったる兼続の屋敷の自室を覗けば。
生白い肌に薄ら寒そうな滅紫の長着で、白い息を吐きながら机に向っている貌が俺を捉える。
「…返って来る答えは分かり切ってるが…何故だい?」
中に入って障子を滑らせる。
「…雪女が泣き出したから、春が来ると言いたいのだろう?」
「無きにしも非ずと答えておくよ」
兼続は、少しだけ眉を八の字にするように笑った。
其の仕草がまた、厭に果敢無げで。
火鉢に暖を求める振りをして、あんたの側に寄った。
ぱち、と小さく爆ぜる炭に、心ならず二人とも言葉を奪われる。
もう長い付き合い故に、それが不満であるわけはない。
唯必要としたいだけ、唯必要とされたいだけ。
それが満たされたなら、たとえ一言も喋らず同じ部屋に居るだけでもいいのだ。
だが、今日は違う。
今日みたいな日には俺が居なくちゃあ駄目なんだ。
あんたは未だ自分の事すべて解っちゃいない。
秋が春に喩えられるように、其の二つが限りなく似ている事を。
あんたは…
「慶次」
指先の紫が血色を取り戻してきた頃合だった。
やっとあんたに触れても冷たい思いをさせないと。
視線を流してあんたを見た刹那だった。
「…死の縁でくだを巻いていた、私を殴った其の馬手で」
漆黒の瞳が露の帯びを増させて、それは今にも溢れそうでいて。
「私を、抱いて寄せてはくれないか」
気が付けば、力付くで其の身体を抱き締めていた。
押し退けられた机が、飛び散った墨が、破けた紙が視野の外側で音を立てた。
肩口に顔を押し当てさせながら、抱すくめるとやがて震える肩が。
昔より細くて。
霙の混じった雨が吹雪のように屋敷に叩き付く。