理無い仲
冊子を読もうとしている兼続に、慶次は凭れている壁を譲ろうと端に寄った。
しかし壁に凭れるのはだらしないと嫌がった兼続は、胡坐で居続ければ良い物を故意に端坐しなおした。
慶次は少し困って、その背中に背中を合わせて胡坐をかいた。
この間柄は友には溢れている。恋仲には足らないで居る。
二人は分らないで居た。
部屋の央で固まる二人。広い部屋では無いが、近いと広く感じられる。
「背中が暖かいねぇ。」
兼続は捲ろうとしていた冊子の項を抓んだまま動きを止める。
独り言であり独り言でない。
兼続が、冊子を閉じて畳に置いた。
不意に束ねた黒髪が慶次の首筋から胸に流れた。
どうやら天井を見上げた兼続の髪が、背を合わせている関係で滑り落ちたのだろう。
唐突な静かな行為に、慶次は頭を傾げた。
すると金糸がふわりと靡き、兼続の頬に触れる。
今まで凭れかかる事をしなかった兼続が少しだけ後ろに倒れ、触れている背中の面が広がる。
「…私は求められた事がありこそすれ、求めた事が無い。故に求め方が分らない…」
主然り、友もまた然り。
頼りにしていると、幾人に言われ能力を買われたか知れない。
兼続はそういい、膝の上に揃えてあった手を、畳の目に沿わせた。
慶次は暫く黙った。
「…俺は求めてばっかりだったから、求められ方が分んねぇ…」
高みを目指せばやがて一人になると分っていながら、求めずには要られなかった。
性分だどうしようもない、と慶次はぽつりと言った。
慶次は所在を無くしている兼続の手の甲に手を重ね、指先だけ僅かに絡める。
重ねるには余り、握るには及ばない。
「笑うなよ」
兼続が背を離して半身振り返り、慶次の手を取った。
「私の物となってくれまいか。傍に居て同じ物を同じ目線で見て、私の背を守ってくれぬか。」
慶次は薄く笑んだ。
真っ直ぐな双眸で熱い眼差しを送る白い顔に。
「…冥土の土産にしちゃ勿体無いねぇ…最上の口説き文句だ。」
途端兼続は糸が切れた様に抱いてくれと言った。
慶次は大の男を担ぎ上げた事はあるにせよ、抱き締めた事は無かった。
僅かにぎこちなく肩を掴んで胸に誘うと、乙女の様に震えた兼続。
見目の良い耳が赤く色付き、兼続の腕が慶次を掻き寄せる。
「…抱かれるとは、こんなに…仕合わせな事なのだな…」
慶次は目を細め、抱き留めた背を撫でてやる。
「……だから、童は抱き締めてとせがむんじゃ無いのかね?」
兼続が、羞恥を感じながら言った。
「…ずっとこうしていたい、幼子のようだと嘲笑われても構わぬ…」
慶次が兼続の頭を撫でる。
鼻腔は焚き染められた香が、肌の暖かさで匂い立つのを吸う。
仕合わせの余り二人が目を閉じようとした頃。
光を求めた蛾が、障子の隙間より舞込んだ。
蝶の如くゆらゆらと光を求めて、やがて紙縒った先の焔に飛び込む。
焦げた音が消える時、天を仰いでいた兼続の視野が、慶次で一杯になった。
終