繽紛





篠突雨



この雨を形容するとすれば、どのように表そう。
竹槍…それとも矢か…
雪でもないのに、命を奪われそうな程、地を叩く雨。
穿つとは、誠嘘ではないようだ。
兼続は最早意味も成さない笠や蓑を、もう一度被り直す。
夏の雨と侮っていた、油断していたのだ確実に。
体が重い、髪から滴る雨が体温で妙に生温く、視界は滝の中を進んでいるようだ。
ただ解るのは、泥濘を進んでいるということだけ。
草履に染み込んだ泥が雨と混ざって、温かいのか冷たいのかよく分からなくなっている。
「…嗚呼…もう…鬱陶し…ぃ…」
顔に張り付いた前髪を擦った刹那に、無意識に友の口癖を呟く。
「三成…」
耳に届くのは蝉時雨より五月蝿い、滝の様な怒号。
帰ることに専念していれば良い物を。
閉じ込めていた思いが胸に溢れる、止まらなくなる。
「嗚呼!鬱陶しいなぁああ!!!!」
兼続は箍が外れたように、笠を外して蓑を捨てる。
身に降りかかる幾万の針が全身に突き刺さる。
痛さを忘れる位に雨は私に当たるのに、髪から落ちるのは指先から落ちるのは。
泪に良く似た、無色の雫。
今なら泣いても許される気がする。
誰も知らない、誰も居ない、誰にも判らない。
だが泣き方が解らない、涙とはどのように出すものであったか。
兼続は視界の利かない前を眺め、足を進める。
矢鱈とぼやける目を何度も閉じながら歩くと、幼き頃泣いた時の様に目から雨が落ちる。
雨が止んだら、私はまた泣き方さえ思い出そうとはしないだろう。
泣き方を思い出そうとしているのに、兼続は雨が止んだ時の事を思った。
今雨が止めば、きっと解けて現れてしまった思いがまた冷え固まって、私は…
「…愚かよな…何処を探しても…そなたは…」
雨が降っても、雨が止んでも。
吸う息に兼続は咽て、その場にしゃがんだ。
逢う事は無いのに。
長い間、水に晒されていたふやけた手で、顔を覆った。
刹那。
「………御乱心かい…」
雨が、止んだ。
見上げると、濡鼠になった慶次が、傘を広げて私に差し掛けていた。
油紙が激しい雨を弾く音が、耳に降ってくる。
突如其処にだけできた雨の無い世界に、やはり居るのは自分だけで。
慶次は済ましているとも、笑っているとも、怒っているとも分らぬ顔で雨に打たれながら。
傘を私に…
兼続は慶次に抱きつき、しがみ付いた。
傘は手から放れその骨と紙で雨を溜め始める。
背中に回った腕が、息が苦しい程に温かい。
雨が降り続いていても、私は一人だった。
雨が止んでしまっても、私は一人だった。
だが、その間際には一人ではなかった。
そなたが、居た。
「慶次…」
厚い胸板に押し当てている己の顔が、熱い。
瞳から堪えきれずに涙が流れる。
「……迷子かい……」
轟くような雨脚は声音を掻き消す。
「…帰り方が、わからないんだ………」
慶次の抱き締める力が強くなる。
「……なら二人で迷おうか…」
雨よ止むな、雨よ降り始めるな。
そうしたなら、ずっと居てくれるんだ。
慶次が傍に、居てくれるんだ。
叶わないなんて知っている。
ただ、今だけは、叶うかもしれないと夢を見させてくれ。