繽紛





熱鉄の涙



漬け込んだと笑んだ顔が、神にでも縋るように見えたから。
そなたは愚かだ。
言わねば伝わらない物を、懺悔のつもりで言ったのなら思慮の浅さに笑えてしまう。
髪を弄ぶ風が爽やかさと冷たさの間で揺れている。
そういえば日が暮れるのが、早くなった。
抱き寄せるではない、背中合わせでもない。
人を壁際に追い込んでぶつかってきたと思ったら、口唇が震えていた。
欲しいと手を伸ばせば良いではないか。
熱い視線を送って、応えてくれと願えばいいではないか。
成るようにしか成らないとの口癖は。
受け入れて受け流してどうにか立ち続ける事しか、念頭に置いていない。
其ればかり続けていて、何も受け入れられなくなって。
用無しと削げ落ちた腕は、欲しい物を掻き寄せる術さえ奪ったのか。
「……どうして夕餉の飯のことを考えていた顔が寂しそうに見えるのだ…」
ひもじいように見えたわけでもあるまい。
廊下の格子戸から、蒼い空を見る。
遠い高い雲を、際の雲が追い越していく。
「……恋ぐらいしたことあろうが…」
好意を抱く者を威嚇しておいて、散々脅しておきながら。
確かに…愛してくれなんて、そんな喜劇があるものか。
それは失望しないために、誰も求めないようにした行為。
そう、己を戒め続けて、成った結果が今の慶次なのだろう。
だから分らなかったのだろう、きっと。
「……慶次、人を愛するのは難しいな………」
庭の斑に色付く椛が、風を誘って身を濯いでいる。
葉が揺れる音が、まるで誰ぞの涙を代替しているようだ。
「…そなたは、愛おしいな……まっこと、誠に……」
兼続は、格子戸に手を掛けて、外を見上げた。
そなた、それはな。
寂しかったのだよ、慶次、そなたが。
心の底から、淋しくてどうしようもなくて、仕方なかった。
故に、私の顔が物欲しそうに淋しく見えたのだ。
淋しかったのは、私ではなくて、そなた。
それを己でも分っていたから、壁際まで追い込んでおきながら、その手が私に触れることが無かったのだろ?
包みたいわけじゃない、この淋しさを埋めて欲しいと、包んで欲しかったんだろ?
漬け込んだなんて言い訳…余りにお粗末で、笑える…
「…愚かしいよ、慶次…寂しいな、慶次………」
そんな、そなたが今こんなにも。
愛らしいよ。