繽紛





恋闇路



足りぬと言えば贅沢だと思う。
だが、足りないのだ漠然としていながら、そう確かに。
「慶次…」
事情の後ではない、が、先でもない。
ただ抱き締められている。
抱き締められて、幼子をあやすように頭を撫でられて、そなたは先に寝てしまっている。
惚れた者の傍で惚れた温かみを感じ、これ以上を私は望むのか。
精悍と言う言葉でさえ何か物足りなさを感じさせる、その身体。
波打つ金糸…
「慶次…」
この奇跡を、誰に吹聴すれば私は充たされるのだろうか。
身体は器。心根が腐っているなら私は身体を愛さない。
しかしながら、心がどれだけ清らかだろうが、私を包む身体が無くては話にならない。
本当に有り難い、二つが揃い、私が惚れて、私に惚れた、この存在が。
この世にあるのだ、現に今私を満たしてくれている。
「慶次…」
もう二度と、現れることは無いだろう。
金輪際、出会えぬだろう。
形振り構わず、抱き寄せてしまえば良い。
明日眼が醒めれば、この世ではないかも知れないのに。
だが、起して困らせるのは、嫌だ。
夢見心地が悪いのかと気を遣わせるのも、やはり頂けない。
「慶…次…」
しかしやはり、どこかで満たされていない自分に気付くのだ。
そなたは、私が消えてもそなたで有り続けるだろう。
でも私は、そなたが居くなれば、私では有り得なくなるのだ。
だからと言って、そなたに私が居なくなって狂ってくれなんて願うまい。
それはもう、慶次の身体をかりた別物。
兼続は慶次の襦袢の袷を掴んで、僅かに引き寄せる。
「慶…次……」
少し動いても、囁いても起きない事は知っていた。
故に、念じた。
「…生まれ変われたなら、もう一度でいいから…巡り逢えたな…ら…」
兼続は言い淀み、高望みをやめようと口を縛った。
多くを望みすぎると天罰が下る。
瞳を強く瞑った。
「俺は必ず、あんたを見つけて恋に落すよ。」
甘枯れた優しい声音が、不意に聞こえる。
それが微睡みの作り出した幻聴かと、もう夢の中なのかと。
伏せていた目を故意に開いた途端。
私の顔が、慶次の厚い胸板にぶつかった。
胸に沈めるにしては、余りにも手荒いその仕草。
「何度でも巡り会って、その度に俺はあんたに惚れるんだ。」
驚きに瞬きを繰り返すと、抑えきれない衝動が瞼を濡らす。
現だと、夢の産物ではないのだと。
慶次の手が髪を梳くように撫でているのが、ただ嬉しくて。
「…来世は、薹が…立たぬうちに、見つけてくれ……」
「…そうだね、そうしたなら、もっとずっと一緒に居られるね…」
漠然と足りないと思っていた物があった。
これ以上求めては贅沢だと、抑えている自分が居た。
「…俺は強欲過ぎるねぇ…また生まれ変わってもあんたを抱きたいんだから…」
なら私は貪欲なる罪で地獄に落ちるだろう。
そなたの来世まで、手に入れてしまったのだから。