繽紛





皆既蝕



背中合わせでよかった。
裏切らないという信頼だけで私は満たされていると思っていた。
だが其れがある日、途轍もなく脆くて果敢無い物だと知る。
昨日までが、夢か幻かと言いたくなるほどに、呆気ない終わり。
「…慶次」
背中合わせだと思っていた。
互いに己を守りながら、相乗効果で相手まで守れていたと思っていた、のに。
凍て付いた夜だった。
手先足先が紫に変色し、皸から血が滲む位に、悍ましい夜だった。
まるで元の場所に戻るように、慶次の手が私の頬に吸い寄せられる。
近付く躯体、傾ぐ己の体、掛かる吐息。
今起こっている事が、どういうことなのか、よく分からない。
ただ、そなたの貌が。
酷く真面目腐っていて、必死で。
後戻り出来ないと掻き抱いた力に、息は愚か骨さえ砕かれてしまいそうで。
何も言えぬ間に、口が塞がれる。
こんな思いは知らなかった。
慶次がまさか私に、こんな思いを抱いていたなんて。
知らなかった。
夢中の接吻が息苦しくて、息を吸おうと口をあけると。
ここぞとばかりに深くなる口付け。
言わずと知れた慶次の思いが、流れ込んでくる。
倒されるまいと踏ん張っていた兼続の体が、慶次の為に用意した床の横で崩れた。
肺が苦しい、胸が痛い。
私は、私は。
一心不乱に口を合わせながら、逃げられる筈も無い兼続の身体を慶次は執拗に抱き締めていた。
眉間に寄せた皺は、決して開かない様に硬く瞑った瞳は。
無体に手に入れる他、もう術が無く悔しくて、遣り切れない涙を殺す為なのだろう。
私は、この傾奇者をこんなに無様にするまで。
こんなに思い詰めていた心を、気付いてやれなかった。
あんなに傍にいて、そなたは特別だと言って。
いたのに。
兼続は所在の無かった両腕を、自分の意志で慶次の背に回した。
慶次の瞳が驚きに見開く。
すると一瞬だけ視線が絡まる。
濡れた瞳がまた不意に細まり、束縛が柔らかくなる。
兼続は漸く瞳を閉じ、自分から首を傾けた。
大きな背中に残った金糸に触れ、指で絡めながら思う。
ある日から、私は守られていたんだと。
裏切らない奴と言うだけで、心を洗い浚いに出来る訳は無い。
何故気付かなかったのだろう、もっと昔に。
きっと私も。
背中合わせじゃ足りなかった筈なのに。