七十二





*鴻雁来*



寒いから風呂に入るのさ。
兼続はその一言に、大いに頷いたが、だがやはり頭を捻る。
そりゃそうだ。芯から温もるあの暖かさといったら無い。
温泉なんてもの出来れば家に完備したいところ。
だがここは、雪も積もれば家より高くなるような雪国。
そんな寒い中でどうして態々、風呂を焚く。
さらには、極寒の海にまで赴いて木片を拾ってくるのだから。
傾奇といえばそうなのだろうが…
正直そこまでせずともと思ってしまった。
「…慶次、しかもどうして私も呼んだのだ?」
「しかも?…一体何をお考えなすって」
慶次はからりと笑ってまた、木片を焼べる。
凍て付く様な寒さなのだ、幾ら湯気が出ていようとも入るにはまだまだぬるい。
「…一人が寂しくってね」
湯船に手を突っ込んで、未だ駄目だと言いながら慶次は呟いた。
「…だが風呂とはまた…」
兼続はしゃがんでいる慶次に湿った木片を渡しつつ言う。
木から出る煙が多いのは、湿っているからに他ならなくて。
冬の為に乾かしてある薪を使えばとも思うのに、慶次は頑なで。
そんなそなたが、小さく燃える火を見詰めながら言ったな。
「…今年は雁が沢山死んじまったらしくてよ…」
「…雁…あぁ……」
兼続は言われるまで、すっかり失念していた。
慶次は見た目以上に何かと優しい男だから。
「…供養というわけで、私はお呼ばれになったという訳か」
雁は北へ帰る際に、海で休めるように木片と共に空に飛び立つのだ。
その木片が沢山落ちていればいるほど、冬を越せなかったということで。
「…やぁ、旅人ってのもなかなか捕まえられるもので無くってね」
きっと凄く温かいぜ?と見上げた慶次の顔が堪らなく愛しく思えた。