七十二





*鷹乃祭鳥*



部屋の壁際に追い込んだ瞳を見詰める。
日も高く、蒸し暑いとしか形容できない具合で、事情に及ぶには余りにも色気が無い。
けれども誘われるように陰湿な物陰に誘われては、追い詰めるしか手立てが残らない。
「…こんな所でしか出来ない内緒話かね?」
汗の伝う首筋を見下ろしながら、兼続に囁く。
日影の冷たさと相俟ってか、睫もその下の眸も烟る程に艶を含んでいるように思える。
…私を隠してくれまいか…
刹那に唇がそう動き、口元で言の葉を読み取れる慶次が何故?と顔を覗きこんだ。
時である。
「慶次様、旦那様をお見かけしてはおりませんか?」
不躾な小姓が、失礼とも言わずに障子を引いて、言を発した。
「……いいや…知らんねぇ…」
「それでは、こちらの本をお返し願えますか?」
小姓はやっとその場で膝を突き、己の借りたであろう本を畳に滑らせた。
「………坊主、今度はちゃんと了を取ってから障子を引くんだぜ?」
慶次が苦々しくそういうと、小姓はやっと自分の非礼に気付き、申し訳ありませんと頭を下げた。
しかし慶次が望んでいるのはそういうことではない。
一刻も早く、己の視界から消えて欲しいのに、それを小姓は理解していないのだ。
「…ところで、何をなさって…」
「とっとと消えな。」
つい大人気ないことを言ったと思ったが、思っているのだから仕様が無い。
小姓はそそくさと障子を引いて廊下を直戻る。
慶次は漸く、あの小姓より避けて欲しかっただけだと気付き、若干にでも期待した自分を責める。
「…そうといえば、俺がきつくいってやるの」
に、と兼続を見た途端。
近付いてきたそのなんともいえぬ唇が、俺の口を塞いだ。
着物の重ねを引き掴み手繰り寄せて、仄かに尻が垂れた目を鋭く見上げて。
喉の渇きに似た甘い誘い水が、背筋を逆流する。