七十二





*獺祭魚*



あの堅物はまったく。
念友だからこそ面白くない。
あんたはいつだってそうさ、と慶次はいじけながら空を仰いだ。
冬の寒さもなんだか今日は飛び切り凍てつきを感じさせる。
腕を組んで暖を取っていたのをやめて、伸びをしてみる。
背筋を伸ばして、逸らせて。
あぁー、胸が晴れない。
俺からの誘いで、断るってのはわかるさ、あんたはいつも何かに追われてる。
でも自分から茶会をなんて言って置きながら、忘れてたは無いだろう。
忘れてたは。
しかも蓋を開けてみりゃ、俺にしか言ってなかったのか。
今日は俺しか着てないって寸法よ。
更にはだ。
「…今、貴重な書物を住職と懇意だという理由から貸して貰えたのだ」
なんて俺の目なんか一切見ないで、本を凝視しながらいうんだ。
いくら気侭な俺だって、凹んじまうぜ。
折角一張羅で、格好決めてきたのによ…
慶次は雪の撥ねてある道を己の庵に向いとぼとぼと帰った。
釜谷に行って湯で足でも洗おうか…
取り合えず家に着いた慶次は軒先に座り、茶道具を一式廊下に置いた刹那。
「…こら、景色に堂々と登場するでない」
慶次は押っ魂消た。
ここは俺の家で、中は俺の部屋で。
急いで振り向くと、兼続がこれまた涼やかな一張羅で居るではないか。
「いや、だってあんた…さっきまで…」
「傾いてみたかったのだ、どうだ昔のそなたにはまだ勝てないか?」
解れた顔は、本当に嬉しそうに笑っていて。
「…いやぁ…参ったねぇ…」
慶次は息を白くしながら、駆け上がるように兼続の元へ近寄った。