七十二





*寒蝉鳴*



「慶次、もう秋が近いな!」
声を張る兼続に、泉に晒していた西瓜を抱き上げにこりと笑う慶次。
小振りのほうが甘いらしいと言いながら持って来た私が言うのはなんだが。
慶次が其れを抓んで笑う姿は少し滑稽だ。
言うなれば、青い実を摘んで、我慢できなかったといっているようで、だ。
「…あんたはいっつも突拍子だねぇ…」
近寄ってきた慶次は包丁をつかって其れを切り分けた。
「そのようなことはない、私の頭の中では理路整然とだな」
言いかけたところで慶次に西瓜を渡され、私は縁側でしょう事無しにそれを口に含む。
「…こりゃぁ当たりだねぇ!滅茶苦茶甘い。」
私の隣に座って西瓜にかぶりついた顔が、にかっと笑った。
ああ、いつも思うがそなたのその顔は、とても好ましい。
「それは良かった!慶次が喜んでくれるのが一番嬉しいぞ!」
私はその笑顔につられて笑う。
するとそなたは、手拭で汁を拭いながら少し眉を顰めた。
「あんたの一番は景勝殿だろ?」
「景勝さまと呼ぶのだ慶次。何度目だ?…そなたは、景勝さまとはち」
「あ、蜩が鳴いてるぜ…秋が来るみたいだねぇ…」
慶次はそう言って、山を指した。
カナカナカナ…と残暑の中に物寂しい声が聞こえる。
兼続は慌てて慶次に注文をつけた。
「わ、私が先に言おうとしていたのだぞ!」
裾を引いて慶次を振り向かせると、兼続は蜩は昨日初めて声を聞いたから…と必死に捲くし立てた。
そうなのだ、先程秋が近いといったのは蜩の声を聞いたからなのだ。
慶次は苦笑って、少し間を置いてまた兼続の話の腰を折った。
「景勝さまとはち…その後が聞きたいねぇ」
兼続は途端に言い淀んで、覗き込んできた慶次から顔を逸らした。
…その凛々しい真顔で問い詰めるのは反則だろう。
そう思う側で、慶次は私の様子を見てからからと笑う。