七十二





*白露降*



白い旭日に照らされた露は、月の名残のように冷たくて美しい。
日が昇りきると姿を消す其れを、態と松風で散らしてしまおうと思ったのは。
何時からだっただろうか。
気が付けば、空の白け切らぬうちに、早馬をするのが好きになっていた。
地に落ちた月の欠片を砕くように、松風で走るのが。
「…松風、もっと速く…!」
松風という暴風で果敢無過ぎる夜を。
なんでもない、唯の朝に変えられるような気がしたからかもしれない。
喉は渇かない。
朝露を踏み荒らし朝霧とするのだから、幾ら走っても喉は潤い満ちている。
だが何故だ。焦燥感で、飲む唾が固い。
ふと、辺りが橙色に光りだした。
手綱を引いて松風を落ち着かせると、山の畝から朝日が出ているのが見えた。
露が普段とは違う紅緋を帯び、一面が焼ける。
「…雨が、降るのかい………」
暮れの焼けは晴れるのに、明けの焼けは雨模様。
同じ色なのに。
こうも朝は鮮やかに、俺に優しさを与えてはくれない。
「俺は、渇かす事しか出来ねぇ…」
なのに太陽は乾かすことさえ許さないようだ。
愛でても届かない。
だからせめて手に入らないなら、壊してやろうと思った。
俺の視界から消してやろうと思った。
けれど、どんなに振り払っても、逃げてみても。
太陽は月を照らして、月は太陽を追いかけ続けるのが、頭を離れない。
「…兼続……」
未だ足元に確認できる月の欠片は、太陽に惚れたかのように身を紅に染めていた。