七十二





*涼風至*



慶次の鬣を撫でた風に、慶次が零した。
「兼続、あんたみたいだ」
兼続は雨宿りをしている楠の木下で、同じく雨宿りをしている慶次を見上げた。
「…だからあんたみたいだと言ったんだよ?」
その視線に応えるように、慶次は楠を見上げて言った。
雨と言ってもか細くて、飛沫が風に乗って頬に当たる。
飛沫の様な雨が私のようだと言いたいのだろうか。
昼間の通り雨。
兼続は何も応えず、いや答えられず、雨を眺めた。
蒸し暑さと、涼しさが、楠の下で漂っている。
「手を繋ぎたい。」
慶次がふとそういい、手を差し出してきた。
人が来たらどうするのだとも思ったが、其の時は放せばいいだけかと思い。
手を重ねた。
すると慶次はそれでは足りないと、指を絡めて強く握った。
思わず痛いと言ってしまいそうなほどで、慶次を咎めようと見上げた刹那。
「誠か…」
青条揚羽が飛沫のように降る雨に殺られたのであろう。
花弁が散るかの如くに、落ちてくるのだ。
まるで青い花が嵐に遭ったように。
兼続は其の光景に繋いだ慶次の手を強く握った。
蒼い花が慶次の髪や着物に乗る。
兼続の肩や袴にもぶつかって落ちずに留まった。
何も言えずに生唾を飲んで、急に明るくなった木の外を見ると、雨が止んでいた。
咽るような暑さが二人を襲う。
「…帰ろうか、兼続」
慶次は手を繋いだまま、兼続を連れて、木下を出る。
「晴れたねぇ」
振り返って優しく笑った横で、金の髪を滑った蒼い翅が舞い上がった。