七十二





*腐草為蛍*



慶次は己の編んだ虫篭を片手に川縁で夜を待つ。
宵、箒で水辺近くの水草を撫でると、面白いほどに蛍を手に入れられる。
満足できるまで獲った後、慶次はそれを風呂敷に包んで庵に帰った。
「…慶次、何処で油を売っていた?」
黒の長着に雪を欺くような白の長襦袢が、蚊帳の中から言う。
「ちくと川辺で涼んでたのさ」
いくら日が長いとはいえ、もう夜中。
兼続は、そうか。とだけ言い、蝋燭の明かりで書物を読み始める。
慶次は縁側で風呂敷を広げ虫篭の戸を開けた。
時折辛うじて吹く風が涼しさを運んでくる。
それに乗って、蛍が一つ二つと行き違った。
慶次が蚊帳の中の兼続を窺ったが、兼続は未だ気付かないようだ。
再び庭に向きかえる。
手の中の籠を少しだけ振ってもっと飛び立てと急かす。
蛍がまた三つ四つと飛び上がる。
「…逃がしてやると言っているのに…」
慶次が飛んで行った蛍を目で追いかけた。
「高雅な事をするものだ」
耳元で囁くように言われ、慶次は身体を撥ねさせる。
途端、蛍が驚いたのであろう、溢れるように籠から舞い上がった。
「刹那の命を弄ぶのか?」
黄色い光に照らされた兼続の柔い横顔が、四方に散らばる其れを見て言う。
慶次はその横顔の美しさに、目尻に引いた紅に、言葉を失う。
「…あんたを喜ばせられるなら、こいつらも本望だよ」
この男は恨めしい。
「…そのような考え、嫌いではない…」
そう徐に視線を滑らせ俺を見る仕草が。
憎いほどに、婀娜っぽくて、仕方がないから。