七十二





*蟋蟀居壁*



報われない事をしないのは、きっと頭が良い。
それを知ってるから、こいつらは鳴かない。
俺の暇を潰せと、鳴けと念じても。
外壁の日影に張り付いて微動だにせぬそれ。
こいつらに人の心があるのなら、こいつらは本当に頭が良い。
そして無いなら、それはそれで幸せだ。
縁側で雲を映るのを寝転がり見ていた慶次は、思いながら耳を穿った。
やがて日が傾き、そいつに当たった時だろうか。
そいつは何かを見つけたように、ギー、と鳴きだした。
慶次は目を見開き、ふっと小さく笑った。
やっぱり、こいつは馬鹿だった。
人の心があるにせよ、無いにせよ。
周りに仲間も居なければ、女子も居ないだろうに。
日の光に、狂ったように声を上げるのだ。
「…暇は淋しいねぇ……分るぜ、色男………」
夕暮れの陽は、温かくて途轍もなく切ない。
故にあんたに逢えない心が一層、焦がされる。