七十二





*温風至*



好いた女子を形容する時、人は春が来たという。
なれば、其れが男なら、夏と言えば良いのだろうか。
腕の中で閉じ込めてしまいたい春ではない。
時折暑苦しさを覚えるが、決して終わって欲しくない夏。
「来な」
片手を盃に奪われているから、もう片手だけ広げ、虎が挑発をする。
牙を剥いて誘うのだから、全く困ったものである。
そのような遊女を拱く仕草で誰が寄ろうか。
「この、暴れん坊、め。」
兼続は口角を上げ二度ほど顔の前で手を振った。
馬鹿な事を言うなと、言いたげである。
「…しゃぁないねぇ…」
盃を干した後、慶次は両手を広げて言った。
「来な!」
瞳が爛々と輝き、先程よりも獰猛で。
兼続が抑えきれず、噴出して言う。
「色気も何もあったものではないぞ…」
慶次は少しばかりとぼけた顔をした。
「…ただ胸に抱きたいと、思っているのは俺だけだとは…あんた、発情した獣かい?」
兼続の手に有る、盃に溜まっている酒が震えだした。
仮にそうだとしても、下心が丸見えでは声を殺して笑うほか無い。
「…………そんな、見境の無い獣に惚れたのは」
途端、盃に虎の影が映る。
「この俺さ。」
その逞しい腕が、零れた酒を吸い、兼続を掴まえた。
何。二人とも男なんだから欲を持て余すのは当然だ。
耳元でそう呟かれる。
兼続は、道理だから困る。と、首筋に口付ける。