七十二





*魚上氷*



神妙とは言いがたい。
からかいが目元から口元からにじみ出ている。
「兼続、氷の上に魚が跳ねない。」
そして案の定、傾奇者の口からそんな言葉が出た。
「……池の氷が、何尺あるか分っているのか?」
大の大人が一人上で跳んでみても割れないような分厚い氷。
この地にてこの時期に、魚が跳ねて居ようものなら、倭の国は天変地異にて崩壊しているだろう。
慶次は、測ってみようか?なんて笑いながら池を指す。
口から洩れる息が白い。
「…好きにするが良い、私は…」
多分庭の池は総て凍っているように思うがな。
「…心意気の問題だよ、魚も居ると思えば居るさ」
兼続は、はぁと溜息を吐いた。
外に無理に連れ出されたと思えば、氷の上に魚がどうのこうの。
私が存外忙しい事を知っているのにも拘らずだ。
兼続が吐いた息も、殊更白い。
慶次は苦笑いながら兼続の後ろに回った。
「寒いかい?」
抱き締める形をとって、慶次は囁いた。
「当たり前っ!?」
返事するために刹那に切れた警戒心に上手く漬け込まれた。
兼続は後ろから抱き締められ、其の侭持ち上げられてしまった。
「おい、降ろさぬか慶次っ!」
慶次はにやりと笑って何歩か歩き、言葉通り下に降ろしてやる。
「止めろ、降ろしてはならんっ!!」
言うが早いか、割れるが早いか。
兼続の体重が掛かった氷が、割れてしまったのだ。
寸前の所で慶次がまた兼続を持ち上げ、落ちはしなかったものの。
心胆寒からしめるとは本当にこのことで。
「慶次そなたっ!!」
「…あんた根詰めすぎだってんだよ、もう氷だってこんなに薄いんだ」
そういいながら慶次は抱き締める力を強めた。
驚きに高鳴る胸が、切なさにとって変わった。
そういえば、どれくらいそなたに会わなかったのかのを。
毎日雪で覚えていないことを、兼続はようやく思い出した。