七十二





*蜩始鳴*



羽化する時に邪魔立てされると、其の侭死に至るらしいそれは。
何かに邪魔されたのであろう。
羽根を伸ばし切れず、白緑の体を木にしがみ付かせていてもがいていた。
息をつこうと庭に出てみれば、少し蒸し暑さが漂っている。
ふと鼈甲色の抜け殻が落ちてきて見上げれば、蝉はたった今羽化したようだ。
しかもこの木には、そういった無数の蝉が絶えず羽化しているようで。
白緑の透き通った体が風に濯がれている。
だが一匹だけ、その羽では飛べまいと手を翳してしまいそうなほど。
哀れな蝉。
神がいるなら、こんなに刹那の命ぐらい謳歌させてやって欲しい。
幹にしがみ付いていた蝉の成り損ないが、爪を立て切れず転げ落ちた。
兼続は思わず走り寄りその小さな体を受け止める。
間を置かずして頭上から大音声が聞こえだす。羽化し終えた蝉達が啼き出したのだ。
「慶次…」
ここにそなたは居ない。
だが、助けを求めるように呟いた言葉は産声に似た蝉の声音に掻き消される。
「慶次…」
そなたなら、こいつを助けてやれるんだろうか。
手の中で力なくもがく蝉も、ぎこちなく鳴いている、必死に啼いているのに。
頭上の蝉時雨に総て殺されてしまう。
ああ、こんなこと、この世の常なのに。
慶次今無償に、そなたに、逢いたい。