七十二





*反舌無声*



気付かぬと居る事は罪に等しい。
では気付いていて知らぬ振りをするのは、やはり罪であろう。
そなたは実に鮮やかな手際。
猪突猛進の如く色事を進めそうな見てくれなのに。
用意周到に外堀を埋めようとする。
それは、春を告げる鳥が何時の間にか鳴かなくなるような。
見事な事の運び様。
だが、慶次。
私だって、色恋は一つや二つでは無いのだぞ。
ここはひとつ痺れを切らすまで、焦らしてやろう。
人間、どうしようもなく焦がれた物を手に入れるほうが、幸せなのだ。
兼続は慶次からの文を届く前の形に戻して、座卓に置いた。
その座卓にはもう無数の文が重ねられている。
慶次は時折屋敷を尋ねてくる。
そして乱雑に積まれただけに見えるそれに目配せ、苦い顔をする。
私とて馬鹿ではない。
慶次、惚れた方が負けなのだ。
負けたなりの苦しみを味わうが良い。
致し方が分らなくなるまで、私に触れさせはせぬよ。