七十二





*螳螂生*



「…これは……」
見たのは其れが初めてだった、そう全くの偶然。
それと同時に慶次の言葉が、脳裏を過ぎった。
「…俺はね拝み虫にだけはなりたくないと思ったね。」
冊子を顔に被せて、寝転んだ慶次は唐突に言った。
庭の松を抜ける風が、音を立てた。
「………………」
「……どうしてかって聞いてくれないのかい?」
言う言葉が、立つ瀬がないのを雰囲気で悟れるから。
それを聞き返すことは得策ではない。
…私の惚れたこの男は、時折因果な話をしては途方に暮れる。
最後には私を巻き込んで、諸共に困らせるのだ。
「……敢えて、訊こうか。」
「だってさ、喰われちまうんだぜ?」
慶次はそう言って起き上がり、傍に寄ってきた。
そして私の袖を引いた、荒くたく。
「…絶頂の極みにさ。」
「…慶次」
「慕ってやまねぇ別嬪を抱いたら終わるんだよ」
口唇に息が掛かりそうなほどに近寄られ、拒めるはずも無い。
「……………命懸の恋ってやつだな…」
薄い鼈甲色の羽根が鎌の中でゆらゆら揺れて。
足だと思しき物がぽとりと落ちた。
命懸の恋ってものだな、誠に。
…だが慶次。
その大きな瞳が私を見たときに、羽根がぱらぱらと崩れた。
殺されても良いと抱く事も、殺したい程愛する事も。
出来ないからこそ、美しいと私は思うぞ。