七十二





*靡草死*



喋らなくなったね。
慶次はそう言って背後から抱き締めていた。
そんなことは無いさ。
兼続はそっと腕を上げて、慶次の横顔を撫でる。
日に日に、人は何かを生み出すと何かを犠牲にする。
そなたの思いは底が無い。
私は受け止めきれずに溢れさせてしまう。
其れほど迄に惚れられたこの身は。
この世の桃源郷に行き着いたかのような心地がしていた。
だがある時、気付くのだ。
改めてこの世で、あることを。
ある日そなたは泣いて居た、有明の月を見上げて。
忍ぶ恋でもないのに、帰らなければいけない訳でもないのに。
そなたは確かに泣いていたのだ。
…いつまで、諸共に朝を迎えられるんだろうね…
心の臓を押さえながら。
そう呟いて。
兼続は振り返り、背を伸ばして首筋に口付ける。
幾ら考えても答えが出ない詮無き事だと知りつつも。
大きな瞳と目を合わせ兼続は、肩口に顔を埋めた。
あのな、慶次。
喋らなくなったのではなくて、喋れなくなったの間違いなのだよ。
側に居るのに、満たして遣れぬ己が身が。
只、情けなくて。