七十二





*蟄虫始振*



幾ら寒くても、やっぱり朝日は良いもんだ。
慶次は閨から起きて障子を引いた。
途端に凍て付きに張り詰めた空気が俺を飲み込む。
雪が仄かに化粧するのも良い、何もかも埋め尽くすも乙だ。
ただ、寒いだけの朝も捨てがたい。
澄み切った空は低いのに、到底掴めそうに無くて。
「ははっ、底冷え厳しいねぇ…」
それが悪いとは思わない。
冬があるから夏を望んで、春があるから秋を馳せる。
廻るからこそ、この世は美しい。
「…」
慶次は旭日の昇るのを見たあと、障子を閉めて衣を変えた。
ふと外で声がすると庭を見遣る。
下男が、炭をお持ちしました。と声を上げた。
慶次は火鉢を片手に、再び障子を引く。
「おや、まぁ。…面妖なこって」
声は確かに何時もの下男だったのに、熾した炭を持って笑っているのは兼続で。
「雪が解けるまで、待てなかった」
なんて冬真っ只中によく言うもんだ。
「…ちゃぁんと暖かい所で、春まで居なきゃぁ死んじまうぜ?」
慶次は火鉢に炭を貰い、もう片手で、おいでなさんなと兼続の手を取った。
下男が慌てて飛び出してきて、兼続が持っていた炭の入った入れ物を受け取る。
「…死ぬときは、眠りながらでも死ぬさ」
そりゃまぁ、そうさな。
慶次は、道中で芯まで冷えた兼続を抱き留めた。
確かに。
春を望むのに道理なんて要らない。