七十二





*始雷*



天候を見誤ったと慶次は木陰に避難した。
遠乗りをしていて、久し振りに山まで登った。
駆け上がって、空気が変わったと気が付いたときにはもう遅い。
当たり前のように岐路の半ばで雷が轟き、雨が滴りだす。
取り敢えず雑木林の中に紛れて、雨の凌げそうな所に身を寄せた。
「…松風、悪いね…久し振りに遠乗りしたから調子に乗っちまったよ」
濡れた鬣を撫で、顔を触りながら慶次もまた避けきれない雨に濡れていた。
雨脚は次第に強まり、無理にでも早馬すれば良かったなと後悔していた。
矢先に馬の駆ける地響きが聞こえてくる。
松風が突然高く啼いて、鼻息を荒くする。
「ぇ、お、おい松風」
どうどうどう、と落ち着かせてどうしたんだい?と頭を傾げたら。
「慶次!何処だ、慶次!!」
なんて山道から兼続の声が聞こえるではないか。
松風お前、凄いじゃないか!なんて頭を撫でてから山道に出た。
「…………あんた………」
こんな土砂降りに、まさか蓑も付けずに現れるとは思っていない。
兼続は、ずぶ濡れになり顔は白さを増して唇が血色の悪い赤色。
「馬鹿野郎!あんた、そんな格好で…!」
近づいて肩を掴めば冷たく骨ばっていて、折れそうだった。
「…雨が降りそうな、雲行きだった故…馬を駆らせたのだが…」
兼続は目を細め、口元を緩ませて見つけたと笑った。
こんな遠くまで来ていたらなかなか見つからないはずだ。
なんて抜けた答え、聞きたくて、問い詰めた訳じゃない。
「馬鹿野郎!!」
慶次は抱き寄せてその芯まで冷えた体を包んだ。
頭を抱えた手に纏わり付く緑の黒髪までもが冷たくて重い。
「…すまない、私は馬鹿だな…」
その凍て付いた体から延びた手が俺の背を掻き抱いた刹那。
割れるような雷が空を裂く。