七十二





*東風解凍*



「そなたは、京の香りがする」
紅が華に色気を添える。
「…また、なにをどうしたら急にそんなこと…」
慶次は胡坐を崩して干し柿を食べていた手を止めた。
「…一緒に食おう?…ではなかったのか?」
兼続は、顔を綻ばせ茶を差出た。
「…そうだ?間違っちゃぁ居ないはずだが?」
それにしては、さっきからそなたの口にしか柿が消えていない。
「…好物なのだろう?持って来ずに一人で食べれば…」
総て己の物となるものを。
兼続はあんまりにも上手そうに食べる慶次に、呆れのような感情さえ覚えていた。
「…あんたにゃ、口実さえ煩わしいと感じるのかい?」
…口実?
茶を啜りながら兼続は頭を傾げた。
それにしても、どうしてだろう。
そなたの目元に無性に惹きつけられるのは。
何故だが視線を剥がせない。
あ、まただ、そなたが間合いを詰めてきた。
「…上手いもんを好いてる奴と一緒に食いたかったんだよ」
そういいながら、慶次は私の唇に干し柿を押し当てる。
「…あ。って言ってみな?」
兼続は、なにも躊躇わず言った。
「あ…っ……うむ、美味いなこの柿は!」
だろう?と悪戯っぽく笑う慶次に、私の心がまた解される気がする。
目を伏せてからからと、笑う慶次の目元にまた視線を奪われる。
ふと慶次が笑うのを止めて、横目で私を見遣った。
「京の、香りがするなっ」
何故だか裏返る、私の声。