玉顔だと頬に感じた暖かさが。
春の息吹に似ていたから。
* * * * *
吹 花 擘 柳
* * * * *
居心地が悪いという訳ではなくて、だが何故か気になる。
間合いとでも言おうか。
絶妙な距離感を保っているように感じる。
だが時々、其れを越えて近寄ってくるような感じがして。
でもそれも計算のようにも思えて。
なんというか不可思議が私に纏わりついているような心地。
「慶次」
名を呼ぶと、何処からともなくそなたが返事をしそうで。
居ないのは分かっているのに呼んでみた。
気だるそうになんだい?と耳を擽る気がする。
そなたは本当に形容しがたい。
兼続は庭に視線を移した。
もう直ぐ、春が訪れる。
この世の生きとし生けるもの総てが渇望して止まない春が、来る。
三箇日の挨拶のときだったか、正装で尋ねてきたそなたにそう言った。
無言でも十分充たされているから、至極当たり障りの無い会話。
慶次からそうだね。とでも返ってくるかと思っていた。
なんだかんだと言って、夏が似合いそうなそなただが、春も中々心待ちだろうと思っていた。
そうしたらだ。
「…冬が終わるね」
そう言って、莞爾したな。
妙に違和感を覚えたというか、一本取られたと言おうか。
そなたの着眼点は毎度ながらに死角を突く。
「慶次…か」
兼続ふと、慶次から言われた言葉を思い出した。
女子を口説くような、小っ恥ずかしい台詞だ。
あんたには冬が良く似合う、花なら極寒に咲いた山茶花が似つかわしい。
海は…やはり荒れてるような大海原…やぁ、これは上杉の香りかもしれないねぇ。
私はそんなことを言われたためしがなくて、咄嗟に言い繕ったな。
ではそなたは、常夏に陽に向う向日葵の化身だな。
何処までも高く届かない天空も、そなたを表しているかの如くだ。
「懐かしいな…」
そなたが近くにいると、まるで春に絆された様に時系列が可笑しくなる。
春が歪を生み出すような、摩訶玄妙。
昨日に言われたようで、もう何年も前から囁かれていたようで。
「兼続ー!」
兼続は声に気付き、ほらまたそなたはと頬を緩ませる。
急いで雪駄を履いて庭に降りる。
「蕗の薹を取ってきたぜ、これで一杯やらないかい?」
門から入るのももどかしいのか、垣根越しに叫ぶ慶次。
兼続もまた、中に入れとも言わず返事をする。
「良いな!実はそなたが来そうな気がして、いつでも酒は燗してあるぞ!!」
垣根の上から覗いている金糸が愉快そうに揺れて、嬉しがっているのが手に取るように解る。
「昼から酒かい、こりゃまた…贅沢だねぇ!」
兼続は、寒いだろう屋敷に入れと言い置いて、釜屋に向った。
「旦那様。」
小間使いは笑顔で熱燗を手渡しながら、春ですねと言った。
「あぁ、慶次が蕗の薹を持ってきたのだ、初物だな、もう春だなっ!」
また部屋の方で私を呼ぶ慶次の声が聞こえた。
慶次は酒豪だから沢山燗をしておいてくれと言い、兼続は廊下を直戻る。
「えぇ…本当爛漫な春ですね…」
遠巻きに聞こえる大の大人の酒盛りに、雪も夏には敵わないと小間使いは笑った。
そしてもう一度、気付かぬうちに春が来たのね…と隣に居た小間使いと微笑みあっていた。
終