喉元まで迫っている、解っている。
だからこれ以上、溺れてはいけないのだ。
* * *
掬 水
* * *
懸想とは燃え上がれば良いところしか目に入らぬもので。
勢いが留まれば自然と悪いところも見えてくるものだ。
四六時中傍に居たいと一過性の熱に浮かされて、やがてどちらかが冷めて。
落ち着いたり、または飛び火して他を求めたりするものだ。
そういうもので、あろう?
なのにどうして。
そなたの悪い癖が出てこない、嫌な仕草が見つからない。
「………珍しい、あんたが未だ腕の中で居るなんて。」
低く重厚な声が脳天より直接頭に響く。
「……………」
何故だ、言葉が詰まる。
駄目なのか?と皮肉ることも、偶にはな?とおどける事も。
どうして叶わない。
「…まだ眠…、夢見心地でも悪かったのかい?」
慶次は微かに笑んで、兼続を抱いていた温かい手で頬を撫でた。
その肌触りにさえ、恋が蠢く。
夜に付き添うように凍て付いた空気が、月明かりを鮮明にさせる。
慶次の金糸が、少しだけ煌きを取り戻す。
ん?と疑問を投げかけると、その髪が頬を滑り落ちたのか、私の頬に触れた。
あぁ、こんなに些細な事でさえ、胸が苦しい程に血が滾る。
兼続は奥歯を噛み締めて、顔を上げ慶次を捕らえた。
普段はあんなに猛禽の眼差しが、今日は何故か穏やかで。
決意が揺らぎそうで、堪らない。
「…そなたと居ると、…息が出来そうにないのだ…」
ようやく搾り出した言葉は、ともすれば後戯の睦言のよう。
しかし、これ以上言えないのだ、仕方ないのだ。
心も体も断末魔の悲鳴を上げている。事切れそうなのだ。
囁きにも、体にも溺れてしまっては、もう手立てがないのだ。
慶次はその言葉の色合いに差異を感じたのか、纏っていた優しさが掻き消えた。
「…酖溺すりゃぁいい。」
途端、腕を敷布に縫いつけ慶次は兼続に馬乗りになる。
垂れかかる金糸が、月明かりのようで痛い。
「…俺はね、生かさず殺さずが座右の銘なんだよ。」
瞳が貪欲に濡れている。
「頭押さえて沈めるくせに、くたばりそうになったら水を掬って助けてやるんだ。」
恐ろしい事を言っているとは理解できる。
実はこんなに人間臭かったのかと、今更解って。
なのにそんな事を言われて、それが私なのかと喜んでいる自分が居て。
「…そしてあんたは、俺無しでは生きられなくなる…」
これ程生暖かくて息の苦しい殺し方は。
「俺が死ぬまで、逃がしはしねぇ…」
なのに優しすぎて困ってしまう殺め方は。
筋になった月明かりが屈折して、幾重にもになりながら、私は息が出来なくなる。
助けてくれとしがみ付いてみても、それは己を沈めるだけで。
なのに其れにしか縋りつく術がなくて。
そうしてやっと気付けたときには。
既に生きるも死ぬも、そなたの意思の儘だということ。
だから、助けてとは言わない。
いや、助けてなんて最早思わない。
「………殺…してく…れっ…っ……!…」
なぁ。
二人で溺れて沈み逝かせてくれるというならば。
せめて一緒に、事切れさせてくれないか。
終