斎言









日増しに美しくなる。

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  斎 言

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年端も行かぬ頃から、年老いた家老が好む様な着物を愛着していた。
派手な物は好きではありませぬ。内が美しいほうが好ましいではありませんか。
幼いながらに与六が熱弁していたのをふと思い出して微笑ましくなる。
例えばだ。
長着に灰白、羽織は青墨。袴には消炭色。
お前は何処の修行僧か。
毎日目にする姿なのに、その度に喉まで出掛かるのを。
お前が嫌がるから、何度飲み込んだことか。
そんなお前が、蝉の羽化のように。
ほんとうにゆるゆるとだが、目に見て分かるぐらい。
そうありきたりな言葉しか浮かばないが。
正しくそれは春の到来だった。
「…兼続」
何時もの評定の終わり。
儂が少しだけ声を掛ける機を逸したから、立ち上がっていた兼続。
はっと切れのいい短い返事と共にまた袴捌きをして座った。
近臣らは先に退出してこの部屋には儂と兼続の二人しか居ない。
「…如何なされました?」
如何もこうもないだろう。
景勝は静かに心内で兼続に言う。
今日の兼続の着物の色目。
長着は純白、羽織と袴は漆黒。
一見いつもと…いや前々の兼続となんら代わらない配色だが。
普段とは違った行動の切れのよさ。
そしてお前の纏う、その隠しきれない艶っぽさときたら…
儂は何年お前の主だと思っている?
見縊って貰っては困る。
「兼続…羽織を捲れ。」
兼続は目を丸め、それから遠まわしに嫌がった。
「…別に何も隠しておりませぬ」
しかし、儂がもう一度言うと恥ずかしそうに渋々捲った。
やっぱり。と景勝は内心笑う。
「いつから裏地をそのように華美にするようになった?」
猩々緋に黄金で散らされた菊唐草。
ここには居ない兼続の念友の面影がちらつく。
『済まないねぇ、あんたの兼続…俺が染めちまった』
そう言われている気がして、でも悪い気はしない。
「こっこれはですね、景勝様!私も最近粋というものを理解出来たと言いますか、」
正座している膝の上に拳を握り、置いて。
「しかしながら、今迄の事を考えますれば、急に変えられないのも事実ではありませぬか。」
仄かに色づく頬を隠すように。
「何があったと勘繰られるのは、心外!つまりは、つまりは…」
嗚呼、お前は綺麗になった。
「誰も、悪いとは言っておらんぞ?与六?」
兼続は儂の言葉にはっと我に返り、頬だけではなく色の薄い手までも赤く染める。
「景勝様…お人が悪うござります…」
久しぶりに見る、兼続が困り果てて俯く姿。
懐かしい。幼少の頃の心持が蘇る気がした。
「今度、前田慶次と酒を酌み交わしたい」
主従とはいえ兄弟のように育った間柄。
ここはひとつ、兼続の選んだ男を品定めせねばなるまい。
とはいえ。
どんなに儂が気に入らぬでも最後の言葉は決まっているのだが。