「…俺たちも、堕ちてみますか…」
左近は三成だけに聞こえるように呟いて、抱き締める力を強める。
三成は、はたと目を開いて微かに、ぇ?と言った。
島様はいつもの余裕さは欠け、俺と合わせた瞳は潤んでいた。
「白昼堂々なんて芸当は俺には真似出来やしません。だが夜陰に紛れてなら、逃がしてやれる…」
左近は途中まで捲くし立て、そして言葉を切った。
その後僅かに考えて、決心したように続ける。
「…俺と一緒で良いなら…」
これが夢だというのならそれでいい。
もし、醒めない夢ならば…
「三千世界の烏を殺し…主と朝寝がしてみたい…っ」
手練手管の遣り取りの中で、覚えろと言われた言葉の一つだった。
心からこんな言葉、言う機会など常しえに来るはずは無いと高を括っていた。
なのに、無意識に出たその思いが後から心を押し上げてくる。
三成は左近を見詰め、そっと口付けた。
すると合わせるように吸ってくれた口。
今なら、何でも出来る気がした。
「……随分とまぁ…仲が睦まじい様だな…」
夢が醒めたのはその直後だった。
二人を見下ろし、汚い物でもでも見ている様な瞳。
「…筒井社長…」
左近は痛い位に三成を抱き締めて、筒井を見上げた。
「夜離れの寂寥に耐え切れず、身近な男に体を売ったか?」
一歩一歩と歩み寄りながら、社長は渇いた笑みを浮かべる。
日が暮れて薄暗い部屋でのその笑みは、途轍もなく冷たかった。
「それとも、嫌がるお前を手篭めにしたのは」
筒井社長はそういいながら懐に手を入れた。
「おのれか、島。」
再び出された手には、護身用の小型銃。
三成は媚を売ろうと左近を突っぱねる。
だが、左近はそれでも離さなかった。
そして耳元で嘘を吐いてごめんな…と言った。
「何とか言ったらどうだ?……島。」
左近は社長に態と分かるように、三成を抱き締め舐めきった態度を取った。
「そうだと、言ったら?」
一瞬の内に激発音が三度して、筒井は構えていた手を下ろした。
畳にはどちらのものか分からない血溜まりが、少しずつ広がっていく。
筒井は無言で銃に付いている己の指紋をふき取り、絶命した三成の手に銃を握らせた。
後にこの事件は『薔薇心中』と名付けられ世間を賑わせる事となる。
身請けられる事になっていたにも関わらず、違う男と抱き締めあって死んでいたこと。
そしてどちらの死に顔も、口元が笑っているように見えた事が心中との結論に至った決め手だと記されていた。
それは皮肉にも、薔薇と呼ばれた男の願いが全て叶った。
世にも悲しい娼夫の末路だった。
終