なんで木の実を取ってきたその手が、そんなに土で汚れているんだ。
そんなの、さっきのを埋めようと素手で土を掘っていると言っているようなものだろ。
「…待ってな、今手を洗って…、泣かないでくれ…」
慶次は其処にあった水瓶で手を何度も洗って、柄杓に汲んだ水を兼続に持って来た。
そして兼続は体を起こしてなんとかその水を流し込む。
「飲んで…落ち着いてくれ…なぁ、………俺が怖いかい…」
半分も飲みきれて居ない柄杓が板間に落ちた。
「怖いなんてあるものかっ!」
兼続は叫んで、慶次に抱きついた。
「食べ物も、水も何も要らない!だから…」
もう私のせいで汚れないで欲しい。これ以上苦しまないで欲しい。
兼続は慶次の首に手を巻きつけて、熱の下がらない熱い体で言った。
「……三千世界の烏を殺し…主と朝寝がしてみたい…」
だからこのまま傍に居て、と。
慶次は何も言わず、ただ兼続の頭を撫でた。
「熱が下がったら…」
そして無事に逃げ切れた暁には…と慶次は笑って兼続を抱き締めた。
「心配ない、心配ないから…兼続。」
そう言って慶次は横になり抱き締められている兼続も横になった。
ありがとう。
兼続は何度も何度も心で呟いて、それから幾度も慶次の名前も呼んだ。
もう、誰も傷つけなくて済むようにするから。
私の為に苦しむ事ももう有りはしないから。
数分も経たないうちに慶次は深い眠りに入っていた。
気を張りすぎて、もう限界だったのだろう。
兼続は、慶次の輪郭をそっと愛おしそうに撫でた。
「…さようなら…」
暫くして、兼続の口からは鮮血が溢れ出す。
噤んでいるさえ最早意味はなさないが、兼続は意識が無くなる寸前まで口を押さえ続けた。
真っ赤な血が、慶次の着物を染めていく。
兼続の血が、板間を流れて脇から落ち始めた時。
慶次は着物が冷たいと目を覚ました。
「…兼……」
己を釁った兼続が、慶次の腕の中で息絶えていた。
「…じょ…冗談、止めなょ…」
その体を強引に掻き寄せて慶次は兼続に話掛ける。
「俺と、朝寝…したいんだろうがっ…」
二度と笑いかける事のない顔を何度も撫でて、血で濡れた髪を梳く。
「…置いて逝くなよ…っ、なあっ!」
その後この木小屋の持ち主が仕事現場に現れない事から、探しに来た同業者が二人の遺体を見つける。
発見者は、まるで血の池に浮いているようだったと言っていた。
自ら舌を噛み切って自殺している二人は、地獄に堕ちても一緒だと言いたそうに向かい合っていたと。
それはそれは末恐ろしい光景だった、と。
角袖もこの二人で間違いないと事件を片付けた。
そして逃げた果てでの心中だとの結論に至り幕を引く。
好いた男に攫われて、二人で死ねたなら本望だろうよ。
事の顛末に、角袖の刑事たちが仏達を見ながら言った。
終